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「…………」
第1王子は半眼でレオンハルトを睨んで。
「俺からお前に任務を言い渡す。お前は街の巡回へと向かえ。街に潜む魔人の警戒は雑兵なんぞより、冒険者筆頭の証である称号持ちのお前の方が良かろう。火急の対処が必要だと言ったのもお前だからな…………。そして俺の許可があるまで城の門扉を潜ることは許さん」
「なぜオレを城から遠ざける。答えろ、兄貴。中にいるのか?」
レオンハルトは第1王子を睨み返しながら訊いた。
「フフッ、なんのことかな? さぁ、城の中の事は私達に任せ、お前は街へと出て魔人の探索を行うといい。まぁ…………見つける事は難しいと思うがな」
第1王子はにやりと笑うと踵を返した。
重武装の兵士を左右に1人ずつ連れて城の奥へと消える。
レオンハルトは周囲を見回すが、重武装の兵士はレオンハルトの動向を警戒しているのが見てとれた。
「レオンハルト様、殿下の命は絶対です。なにとぞ」
レオンハルトを支えている衛兵が言った。
「わかっている。追跡隊の編成が決まり次第教えてくれ。残った者で街の警戒を行いつつ、魔人の探索を行う」
「レオンハルト様、先ほどのお話、もしやこの城に魔人が────」
「それ以上言うな」
レオンハルトは衛兵の言葉を遮った。
「ですが」
「まだそうと決まったわけじゃない。お前は職務に忠実であればいい。余計な責を負うような真似はするな。これはオレからの命令だ」
「…………かしこまりした、レオンハルト様」
衛兵が頭を下げると、レオンハルトはうなずいた。
「城へ戻れないなら仕方ない。オレをドクターの診療所へ」
レオンハルトは衛兵に支えられながら城をあとにする。
その後ろ姿を物陰から遠目に睨んで。
「レオンハルトの奴、なにか勘づいたか……? ハハッ、まぁいい」
「王子殿下。あの女への書状、確かに渡してまいりました」
兵士は王子の前で跪くと報告した。
「ご苦労。下がってよい」
「ハッ!」
兵士は立ち上がると敬礼。
次いで速やかに自身の任務へと戻る。
「これでレオンハルトはよほどの証拠でも無ければ城へは戻るまい。まだあのじゃじゃ馬が独自に動いているようだが、それまでには事を終えてみせる。頼むぞ、麗しのレディよ」
王子が呟いた。
「────麗しのレディへ」
女が呟いた。
その女は長い金色の髪を編み込み、真ん中で分けた前髪を胸の辺りまで垂らしていて。
その頬には青いバラのタトゥー。
魔人の女は自慢の得物である巨大なハサミに腰かけている。
切れ長の瞳が見下ろしているのは小さな書状。
魔人の女は読み上げた書状を折り畳むと胸の谷間へと差し込んで。
「おおむね彼の計画通りに進んでるようね。何よりですわ」
魔人の女は立ち上がるとハサミを握った。
石畳に突き刺していた切っ先を抜くと、刃に残っていた返り血が滴り落ちる。
魔人の女の周囲には無数の手足が転がっていて。
彼女は人だったものの残骸を見渡した。
次いでぺろりと唇に付いた血を舐める。
「大仕事前の腹ごしらえはこんなものでいいかしら」
魔人の女は腰をくねらせ、引き締まったヒップを振りながら路地を歩いて。
彼女は鉄製の扉を潜ると真っ暗闇の中を進んでいく。
闇の中には彼女の足音と彼女の瞳に宿す赤の灯火だけ。
そして魔人の女が足を止めると、その赤く発光する瞳が輝きを強めて。
「顕現なさい。私の────」
そして魔人の女は魔宮を展開。
周囲一帯が彼女の魔宮へと塗り替えられる。
ディアスは山岳に広がる枯れ果てた森林の跡に身を潜めていた。
寒々しい枯れ木にもたれ、遠目に都市の明かりを睨んでいる。
「ケケケ、これからどうするんだ? ブラザー」
いつもの姿に戻ったアムドゥスが訊いた。
「エミリアの魔力は?」
アムドゥスへと質問を返すディアス。
「あまり多くはねぇな。ひとっ飛びに強制転移の起こる距離まで行こうと思うと消費的に結構ギリギリになる」
「だが警戒を強めている今の状況では都市への侵入も難しいし、さらに城へと潜入してエミリア達を探すのはあまり現実的じゃない。黒の勇者まであの都市にいる」
「ケケケケ、あんな歪な人間は初めて見たぜぇ。正直左腕と尾はなんとかなるだろうが、あのバジリスクの眼と高レベルの右腕が厄介だなぁ。あの勇者サマの持ってた無骨な大剣も『創始者の匣庭』での観測結果にノイズが入ってた。おそらく何かしらの仕掛けがありやがるな」
「そして問題は」
「帰り道、だな。ケケケ」
アムドゥスが笑うと続ける。
「強制転移できるとこまで俺様が変化して飛んだ段階で嬢ちゃんの魔力がほとんど消費される。そうなると帰り道は徒歩になっちまうが」
「なんとか1度街に侵入して陽動の用意をしたいところだな」
「ケケ、あの女の魔人をうまく使えねぇか?」
「女の魔人…………。確か黒の勇者がおかしな事を言っていたな。殺しても死なないとか」
「追ってるときに観測したが、特段変わったとこのねぇ魔人だったぜ?」
「────その謎を、解いて欲しいの」
突然ディアスの傍らから声がした。
ディアスは腰の剣へと手を伸ばす。
「待って! わたしに敵意はないわ!」
声と共に景色の中に突然少女の顔が現れた。
少女は周囲の景色を脱ぎ捨てて。
その手には周囲の景色を透過して映し出す布が握らている。
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