#4 不死身の魔人

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「うぉぉぉおお……!」  衛兵は大きく剣を振りかぶって────  だがその身体を走る銀の閃き。  一拍の間を空けて。 「…………?」  困惑の表情を浮かべる衛兵。 衛兵は剣を振りかぶったまま。 その剣の重みを支えきれずに。 衛兵の胴から上だけが、後ろへと倒れた。 赤い飛沫(ひまつ)を撒き散らしながら横たわる衛兵の半身。 ()いで下肢が膝から崩れ落ちる。  シャキン、と胴を両断された衛兵の先から乾いた音が聞こえて。  遠くのガス灯の明かりを背に、真っ黒な影がゆらりと揺れた。 その手に(たずさ)えるのは鎧を(まと)った人間をも紙切れのように断ち切る巨大な凶刃(ハサミ)。 返り血にまみれ、闇の中に燃える赤の視線を反射するその刃は、禍々(まがまが)しい輝きを放っていて。 立ち込める血の香りと人の(はらわた)の臭いとが混じり合って、レオンハルトの鼻をつく。 「お待ちしておりましたわ」  声の主は自身の得物を持ち上げた。 刃に舌を這わせ、今も刃から滴り落ちる鮮血を舐め取る。  灯火のように燃える瞳の輝きが刃に反射し、その顔を浮かび上がらせた。 切れ長の瞳の目尻に長く引かれたアイライン。 頬にはバラのタトゥー。 そしてカシス色のリップは血の色と反射する赤に彩られて深紅に染まって。 その女はおぞましくも妖艶(ようえん)な笑みを浮かべている。 「やはり生きてたか」  レオンハルトは大剣を抜くと構えた。 黒い鱗に覆われた左手がポキポキと指を鳴らし、その背から伸びる尾がひゅんひゅんとしなって。 赤い眼球の中で発光する青の瞳が対峙する女を睨みつける。 「今度こそお前を殺す」  レオンハルトがこれ以上ないほどの殺意を込めて言い放った。  だがその言葉を聞くと女は(わら)う。 「今度こそ。今後こそ、今後こそ…………。ふふふ、貴方は何度その言葉を口にして、またこれから何度その言葉を口にするのかしら」 「殺し切るまで何度だって言ってやるし、何度だってお前を、殺してやるよ」 「────レディ」  女は自身の金髪を掻き上げて。 長い前髪の片方を耳にかけると続ける。 「(わたくし)のことはレディとお呼びになって。名前に執着は無いけれど、(わたくし)も女。お前、お前と呼ばれ続けるのはあまり気分の良いものではなくてよ」  レオンハルトは答えない。 代わりに鼻で笑って。  レオンハルトは対峙する女──レディへと向かって踏み込んだ。  レディはハサミの刃を大きく開いて。 腰をよじり、ハサミを体の横で縦に構える。  巨大なハサミが口を開くと、その大きさは人の身の丈近くあった。  レオンハルトはさらに一歩踏み込んで────  待ち構える凶刃を見据えるレオンハルトの青の瞳。  そして残り数歩でレオンハルトの剣の間合いとなる。  だがレオンハルトは2歩目の踏み込みと同時に背中から伸びる尾をしならせて。 尾を地面に叩き付けると前へと加速。 一気に間合いへと詰め寄った。 すかさず体を(ひね)り、大剣を横に()ぐ。  レディは石レンガの地面を蹴ると上へと跳躍。 レオンハルトの大剣をかわし、手にした巨大なハサミがレオンハルトの首筋へと走る。  レオンハルトは左腕を盾にした。 硬質な鱗に覆われた異形の左腕が刃を受け止めて。 だがレディの振るった刃はザクリと音を立ててその腕へと刃を食い込ませる。  レオンハルトに一瞬動揺が走って。  見れば腕の半分程がその刃によって斬り裂かれていた。 ハサミの柄を握るレディの手を。 そしてレディの腕。 レディの顔へと視線を移して。 レオンハルトはその腕が切断される事を確信する。  そしてその左腕が断ち斬られれば、そのままレオンハルトの首が飛ぶのは想像に(かた)くなかった。  レオンハルトは刹那(せつな)の間に自身の眼孔(がんこう)に埋め込まれたバジリスクの目に意識を集中。 その目に走る鋭い痛み。 帯びる熱を感じて。 そしてその瞳から閃光が(ほとばし)る。  放たれた青と灰色の閃き。  だがレディは予期していたように身体をひるがえし、その光を回避。 着地と同時にハサミを振るい、レオンハルトの左腕を斬り飛ばす。 「────っ!」  斬り飛ばされた異形の腕が血飛沫(ちしぶき)を上げながら宙を舞った。  レオンハルトは痛みに顔を歪めながらもレディを視界に収めて。 再びバジリスクの眼の力を発動する。  レディは横に駆けるとその光を回避。 レディはにやりと笑って────  だがレディに青い瞳が視線を返し、その瞳が強く(またた)いた。 城壁の上を駆けるレディをその目で追いながら、レオンハルトは幾度となく閃光を放つ。  連射される青と灰色の(またた)き。  その光はすぐにレディの片足を捉えた。 レディはその足の自由を失って。  それでも光から逃れようとするレディ。  レオンハルトの目はそのあとを追いながら幾度となく閃光を放つ。  ついにはレディはその動きを完全に止めた。 ひるがえった髪も不自然に空中で固まっている。  レオンハルトは崩れかけた眼球を痛みに耐えながらレディへと向けた。 ()いで大剣を振るってレディの四肢を斬り裂く。  四肢を失ったレディが城壁の上に転がった。 バジリスクの目の効果が切れると、切断された四肢の断面から血が噴き出す。  レオンハルトは大剣を城壁に突き立てると右腕をレディに向けて。 「どんな能力かは分からないが、今度こそお前は甦る事はできない。どんな回復も復元も許さない不治の傷を与える牙。お前を(ほふ)るために用意したこの魔物(ちから)で骨も残さず喰い殺してやる」  レオンハルトの右腕が(うごめ)き、その形を変えていく。  レオンハルトは右腕に意識を集中させながら、もうほとんど見えていない目でレディを睨んだ。 だが見えていなくとも、レオンハルトは確かにレディが(わら)ったのを感じて。  そして突如、城壁の至るところから空に向かって火矢が放たれた。 レオンハルトの目ではもう確認する事はできないが、その先に魔物の姿はない。  ()いで四方八方から人々の悲鳴が響き渡ってくる。
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