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フェリシアは廊下の途中で兵士が追ってきている事に気付いた。
コツコツと足音を響かせていた自身の靴を。
次いで背後の兵士に視線を向ける。
兵士は足音が止むと共に足を止めた。
携えた槍を構えて。
「何者だ!」
兵士は左右に視線を走らせる。
「いるのは分かっている。おとなしく出てこい」
フェリシアは口許を押さえながらゆっくりと後退する。
だが足音を忍ばせても、彼女の身体を頭頂部から爪先まで覆い隠す隠蔽の衣が床を擦れる音は隠せない。
兵士は衣擦れの音を頼りに、大まかにフェリシアの方を向いた。
その場で槍を横に薙いで。
「出てこなければ身の安全の保証はできないぞ」
兵士は大きく1歩前へと踏み出すと、再度槍を一閃。
その槍が空を切ると、再び前へと踏み出しては槍を振るう。
フェリシアは剣の柄を両手で握り締めていた。
腰に下げていた細剣をお守りのように胸に抱き寄せる。
兵士はまた1歩前へと進むと槍を振った。
そしてさらに1歩踏み出すとさらに槍を薙いで。
風切りの音がもうフェリシアのすくそばまで迫っている。
そして兵士が1歩前へと進んて。
ついにフェリシアは槍の間合いに入ってしまう。
「これが最後の警告だ。姿を現せ!」
「……………」
フェリシアは意を決すると、身に纏う隠蔽の衣を取り払った。
凛とした黒の眼差しを兵士に向けて。
「槍を下ろしなさい。わたしはフェリシア=レム・レクシオン王女。わたしに向けたその槍の切っ先は、わたし1人ではなく王家の──ひいては我が国に対しゅ、しゅる…………オホン。我が国に対する反逆と見なしますよ」
兵士はフェリシアの姿を見ると一瞬たじろぐが。
「王女殿下…………御免!」
兵士はフェリシアに向けて槍を横薙ぎ振るった。
武器も持っていないように見えるフェリシアの姿が、兵士にはあまりにも無防備に見えて。
そしてフェリシアの喉元目掛けて迫る槍の切っ先。
だがその刃は阻まれて。
フェリシアは隠蔽の衣にくるんだ赤い細剣で槍の切っ先をいなして。
殺意を持って放たれた刃をからくも受け流したフェリシア。
フェリシアは隠蔽の衣を羽織りながら駆け出す。
向かう先は玉座の間。
フェリシアは脇目も振らずに廊下を全力で走り抜け、吹き抜けに面した大階段を描け上がる。
その視界が狭まる。
フェリシアの耳には自身の激しい鼓動の音が大きく響いて。
周囲から兵士の声が発せられるのは感じたが、その声は激しく打ち付ける心臓の音に掻き消される。
フェリシアは隠蔽の衣でその姿を完全に隠した。
彼女の足音だけが響き渡る事に困惑する兵士達の間をすり抜ける。
「────」
フェリシアのあとを追ってきた兵士が、他の兵士に向かってあとを追うよう叫んだ。
その言葉を受け、兵士達はすかさず駆け出した。
「────」
「──」
「──────!」
フェリシアの背後から声が連なって。
だがフェリシアの耳には自身の鼓動の音だけが響いている。
背後の兵士の声を受け、通路の左右を固める衛兵2人が槍を構えて道を塞いだ。
フェリシアは通路の壁を。
次いで立ち並ぶ兵士と天井の間の空間を見て。
そしてフェリシアは全力で床を蹴った。
跳んだ先には壁。
さらにその壁面を蹴るフェリシア。
その視線は上へと向けられている。
────だが、飛距離が足りない。
高さがまるで足りてない。
「わわわ………!」
フェリシアはそのまま兵士の1人に向かって突っ込んだ。
姿の見えないフェリシアを受け止めて困惑する兵士。
その手が柔らかいものを鷲掴みにする。
隠蔽の衣の下からフェリシアが顔を覗かせると、その顔は耳まで真っ赤に染まっていて。
「こ、この! 無礼者ぉ……!」
フェリシアが涙目で叫んだ。
兵士は自分が何を握っているかに気付くと、思わず後ろに飛び退く。
「し、失礼致しました! 王女殿下!!」
うろたえる兵士。
その隙を突き、フェリシアは兵士を押し退けて先へと進む。
兵士がフェリシアへと手を伸ばすが、その手が掴んだのは隠蔽の衣。
フェリシアはそれを脱ぎ捨てると、さらに廊下を疾走する。
その先の通路には普段と違い兵士の姿はなかった。
あとから追ってくる兵士が距離を詰めてきていたが、捕まるよりも先に玉座の間へと到達できるとフェリシアは確信して。
フェリシアは勢いよく玉座の間の扉を開いた。
「お父様────」
息を切らしたフェリシアの先。
そこには胴を両断された男の姿があった。
黄金の装飾が施された豪華絢爛な玉座には下半身だけが腰かけ、上半身は床に転がって天を仰いでいる。
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