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絶命している初老の男の姿を見て、フェリシアは大きく目を見開いた。
頭の中が真っ白になる。
「そんな……お父様…………」
震える声音で呟くフェリシア。
その手がぎゅっと細剣の柄を握り締める。
「あらあら、もう見つかってしまいましたのね」
女性の声。
フェリシアが声のした方向に視線を向けると、そこには頬に青いバラのタトゥーを入れた魔人の女が──レディが立っていた。
「……ひっ」
フェリシアの短い悲鳴。
レディの周囲には重武装の鎧を着込んだ兵士数人の、鎧ごと細切れにされた遺体が散乱していた。
そしてレディの手で高々と持ち上げられた兵士の生首。
レディはフェリシアを横目見ながら、その首から滴り落ちる真っ赤な血を舌で受け止めて。
ごくごくと喉を鳴らしながら生き血を飲む。
レディは赤く光る瞳でフェリシアを見つめていた。
次いで生首を乱雑に投げ捨てると、フェリシアに向き直って。
その手に持った巨大なハサミが明かりを反射してギラリと光る。
その時、フェリシアの背後からバタバタと無数の足音が響いてきた。
兵士の一段は玉座の間へと飛び込んで。
だがそこに広がる惨状とレディの姿を見ると絶句する。
「国王陛下……!?」
「魔人の侵入を許したか!」
「やはり城門を開け放ったのは間違いだったんだ」
兵士の1人の言葉を聞いて、フェリシアは顔を歪める。
「逃がすな! 必ず仕留めろ」
兵士の1人が槍を構えると言った。
「城へと単身攻め込んでくるとはいい度胸だ。魔宮は使えんぞ!」
別な兵士も槍の切っ先をレディに向ける。
「…………」
兵士の1人は無言でレディを見つめて。
その視線に気付いたレディが目配せした。
兵士は小さくうなずくと槍を両手で構える。
槍を構えた兵士達は陣形を組み、レディを取り囲んだ。
レディは周囲の兵士達を見回して。
「あらあらあら。屈強な殿方に囲まれて私、大変ピンチではないかしら」
からかうような笑みを浮かべながらレディが言った。
唇に付いていた血をペロリと舐め取る。
兵士達はレディへとにじり寄って。
だがレディと目配せした兵士はその陣形を突如抜けた。
その手に携えた槍の魔力を解放する。
放たれたソードアーツの一撃が玉座の間の壁を抉った。
壁に埋め込まれていた魔宮封じの杭が壁ごと粉々に砕け散る。
「お前、何をやって……!?」
ソードアーツを放った兵士へと周りの兵士から視線が注がれた。
「さて────」
レディが呟いた。
彼女の目に灯る赤の輝きを強めて。
そしてその周囲の景色が歪む。
「まずい!」
兵士の1人が周囲の異変に気付くと、レディへと躍りかかる。
「顕現なさい。私の『繁栄せよ、私は種へと昇華する』」
だが兵士の攻撃より早く。
周囲の景色がレディの魔宮へと塗り替えられた。
そこに広がるのは薄緑色の蠢く肉の壁。
レディは魔宮を展開し終えると、迫る兵士に向かって凶刃を振るった。
兵士の身体が断ち切られて床に崩れ落ちる。
レディは妖艶な笑みを浮かべながら魔宮の壁へと視線を向けた。
その肉の壁に間隔を開けて大きな水泡がいくつか現れると、その中に小さな粒が浮かんでいた。
その粒は瞬く間に大きくなり、それは赤子に。
そして少女に。
ついには大人の女性の肢体となって。
肉体の成熟を終えると、その身体は水泡から排出される。
ゆらり。
ゆらり、ゆらりと。
魔宮から産み落とされた女性達は次々に立ち上がった。
皆一様に金色の長い髪を垂らし、その頬には同じ青いバラのタトゥー。
一糸纏わぬ彼女達はなめまかしい肢体をさらけ出して。
その目には赤の輝きを灯し、赤い眼差しが一斉に兵士達に向けられる。
「自身の複製を生み出す魔宮だと?!」
兵士は驚愕を露に叫んだ。
魔宮によって産み落とされた『女』──レディ。
そして彼女達へと視線を向ける『魔人の女』──レディ。
だがその姿は1人1人がほんのわずかに違っていて。
目鼻の位置、瞳の大きさ、鼻の高さ、唇の厚み、頬骨の位置、顔の輪郭、鎖骨の形、乳房の形と大きさ、脚の長さ…………。
その差異は数えきれない。
「複製ではなくてよ」
魔宮を展開したレディが言った。
それに続いて。
「私は私」
「でも同一の個体ではないわ」
「より美しく」
「より強く」
「『私』は進化を続けるのよ」
魔宮に産み落とされたレディ達が次々に言葉を口にし、その声が魔宮の中に反響する。
レディ達はその手に得物を召喚した。
彼女達は巨大なハサミを握り、兵士らへと迫る。
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