#4 不死身の魔人

22/43
前へ
/397ページ
次へ
 絶命している初老の男の姿を見て、フェリシアは大きく目を見開いた。 頭の中が真っ白になる。 「そんな……お父様…………」  震える声音で呟くフェリシア。 その手がぎゅっと細剣(さいけん)の柄を握り締める。 「あらあら、もう見つかってしまいましたのね」  女性の声。  フェリシアが声のした方向に視線を向けると、そこには頬に青いバラのタトゥーを入れた魔人の女が──レディが立っていた。 「……ひっ」  フェリシアの短い悲鳴。  レディの周囲には重武装の鎧を着込んだ兵士数人の、鎧ごと細切れにされた遺体が散乱していた。 そしてレディの手で高々と持ち上げられた兵士の生首。 レディはフェリシアを横目見ながら、その首から滴り落ちる真っ赤な血を舌で受け止めて。 ごくごくと喉を鳴らしながら生き血を飲む。  レディは赤く光る瞳でフェリシアを見つめていた。 ()いで生首を乱雑に投げ捨てると、フェリシアに向き直って。 その手に持った巨大なハサミが明かりを反射してギラリと光る。  その時、フェリシアの背後からバタバタと無数の足音が響いてきた。 兵士の一段は玉座の間へと飛び込んで。 だがそこに広がる惨状とレディの姿を見ると絶句する。 「国王陛下……!?」 「魔人の侵入を許したか!」 「やはり城門を開け放ったのは間違いだったんだ」  兵士の1人の言葉を聞いて、フェリシアは顔を歪める。 「逃がすな! 必ず仕留めろ」  兵士の1人が槍を構えると言った。  「城へと単身攻め込んでくるとはいい度胸だ。魔宮は使えんぞ!」 別な兵士も槍の切っ先をレディに向ける。 「…………」  兵士の1人は無言でレディを見つめて。 その視線に気付いたレディが目配せした。 兵士は小さくうなずくと槍を両手で構える。  槍を構えた兵士達は陣形を組み、レディを取り囲んだ。 レディは周囲の兵士達を見回して。 「あらあらあら。屈強な殿方に囲まれて(わたくし)、大変ピンチではないかしら」  からかうような笑みを浮かべながらレディが言った。 唇に付いていた血をペロリと舐め取る。  兵士達はレディへとにじり寄って。  だがレディと目配せした兵士はその陣形を突如抜けた。 その手に(たずさ)えた槍の魔力を解放する。  放たれたソードアーツの一撃が玉座の間の壁を(えぐ)った。 壁に埋め込まれていた魔宮封じの杭が壁ごと粉々に砕け散る。 「お前、何をやって……!?」  ソードアーツを放った兵士へと周りの兵士から視線が注がれた。 「さて────」 レディが呟いた。 彼女の目に灯る赤の輝きを強めて。 そしてその周囲の景色が歪む。 「まずい!」  兵士の1人が周囲の異変に気付くと、レディへと(おど)りかかる。 「顕現なさい。(わたくし)の『繁栄せよ、私は(ゲベーアムッター)種へと昇華する(・ファブリーク)』」  だが兵士の攻撃より早く。 周囲の景色がレディの魔宮へと塗り替えられた。 そこに広がるのは薄緑色の(うごめ)く肉の壁。  レディは魔宮を展開し終えると、迫る兵士に向かって凶刃を振るった。 兵士の身体が断ち切られて床に崩れ落ちる。  レディは妖艶(ようえん)な笑みを浮かべながら魔宮の壁へと視線を向けた。  その肉の壁に間隔を開けて大きな水泡がいくつか現れると、その中に小さな粒が浮かんでいた。 その粒は瞬く間に大きくなり、それは赤子に。 そして少女に。 ついには大人の女性の肢体となって。 肉体の成熟を終えると、その身体は水泡から排出される。  ゆらり。 ゆらり、ゆらりと。 魔宮から産み落とされた女性達は次々に立ち上がった。 皆一様に金色の長い髪を垂らし、その頬には同じ青いバラのタトゥー。 一糸(まと)わぬ彼女達はなめまかしい肢体をさらけ出して。 その目には赤の輝きを灯し、赤い眼差しが一斉に兵士達に向けられる。 「自身の複製を生み出す魔宮だと?!」  兵士は驚愕を(あらわ)に叫んだ。  魔宮によって産み落とされた『女』──レディ。 そして彼女達へと視線を向ける『魔人の女』──レディ。 だがその姿は1人1人がほんのわずかに違っていて。 目鼻の位置、瞳の大きさ、鼻の高さ、唇の厚み、頬骨の位置、顔の輪郭、鎖骨の形、乳房の形と大きさ、脚の長さ…………。 その差異は数えきれない。 「複製ではなくてよ」  魔宮を展開したレディが言った。 それに続いて。 「(わたくし)(わたくし)」 「でも同一の個体ではないわ」 「より美しく」 「より強く」 「『(わたくし)』は進化を続けるのよ」  魔宮に産み落とされたレディ達が次々に言葉を口にし、その声が魔宮の中に反響する。  レディ達はその手に得物を召喚した。 彼女達は巨大なハサミを握り、兵士らへと迫る。
/397ページ

最初のコメントを投稿しよう!

196人が本棚に入れています
本棚に追加