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「王女殿下、お逃げください」
1人の兵士がフェリシアに言った。
その時、フェリシアは背後から何者かに肩を掴まれる。
フェリシアが驚いて振り向いた先には誰の姿もなくて。
だがすぐにその姿を現した。
隠蔽の衣を取り払い、兵士が顔を出す。
「ささ、こちらをお返しいたします」
兵士はそう言うとフェリシアに隠蔽の衣を巻き付けた。
フェリシアの首から下の姿が消える。
「私達が時間を稼ぎます」
「ですが…………」
フェリシアが言いよどむ。
その時、鋭い風切りがフェリシアへと迫って。
兵士はそれを槍で受け止めた。
すかさず槍を薙いで弾き返す。
「貴様、正気かっ!」
兵士が怒号をあげた。
その視線の先には別な兵士が槍をフェリシアに向けていて。
「王女殿下を逃がすわけにはいきません」
「これは明らかな背信行為だ。国への忠義はどうした!」
「私の忠義は初めから変わっていない。私は王子殿下に尽くすために育てられた。ゆえに私は王子殿下に賜った命を遂行する!」
フェリシアは裏切りの兵士から他の兵士達へと視線を向けて言う。
「お兄様は魔人と共謀しています! その魔人を手引きしたのもお兄様です。お兄様は王を殺させ、ほかの血族も自身を除いて根絶やしにするつもりなのです! お兄様に賛同して他の兵の幾人かもそれに手を貸しています!」
「くそ、恥を知れ」
フェリシアの言葉を聞いた兵士が、裏切りの兵士に向けて言った。
「あらあら。全てバレてらっしゃるのね」
レディが言った。
「そういう事ですので」
「そちらのお姫様も」
「殺させていただきますわ」
「そういう契約ですの」
「悪く思わないでくださいまし」
レディ達はフェリシアに向かって一斉に駆け出した。
「ここを通────」
レディへと槍を構えた兵士は、一瞬のうちに構えた槍ごと両断された。
断ち切られた生首と片腕が床に転がり、その上をレディが跳び越える。
「雑兵風情に『私』のお相手が務まると思ってらして」
「殿下!」
兵士は隠蔽の衣をフェリシアの頭にまで被せると、その体を押した。
「お逃げください!」
ドンと肩を押され、フェリシアはよろめいて。
「…………ごめんなさい」
フェリシアは迫り来るレディ達とその前に立ちはだかる兵士達に背を向けて駆け出した。
走りながらフェリシアはすがるように赤い細剣を握り締める。
そしてその背後からはザンという小気味良い音と兵士の断末魔が響いてきた。
まばらに剣戟の音が聞こえたが、すぐにそれも消える。
フェリシアは出口を求め、蠢く魔宮を走った。
1歩踏み出す度に肉に覆われた床に靴が沈み込み、不快な音を立てる。
「逃げられると思っていまして」
「───────────いまして」
「─────────────いまして」
「───────────────いまして」
「─────────────────いまして」
無数のレディの声が反響しながらフェリシアの鼓膜を揺さぶった。
その声は反響を繰り返しながら大きく、そして徐々に近づいてきている。
「助、けて……」
フェリシアは息を切らしなら呟いた。
「助……けて…………わわわ!」
床を覆う肉に足をとられて転びにそうになりながらもフェリシアは階下へと通じる道を探してひた走る。
そしてついにフェリシアは魔宮の侵食の範囲外へと出た。
不気味な肉に覆われた通路から、唐突に見慣れた廊下へと景色が変わる。
フェリシアは安堵する間もなく後ろを振り返って。
振り返った先には薄緑色の肉が時折脈動している以外に動く影は見えない。
フェリシアはそのまま廊下を全速力で駆け抜け、ついに階下へと通じる階段の前へとたどり着いた。
背後を肩越しに振り返っても追手はない。
フェリシアはそこでようやく安堵して。
────だがすぐにその顔に絶望が広がる。
ザンと小気味良い音を響かせて。
巨大なハサミが壁を断ち切り、レディがフェリシアの前へと飛び出した。
着地と同時にハサミの刃を開く。
「あと少しでしたのに。残念ですわね」
レディは意地の悪い笑みを湛えて言った。
後ろへと後ずさるフェリシア。
するとその背後でまた壁を断ち、もう1人のレディが現れる。
「姿を現してくださいまし。綺麗に断ち斬れば苦痛は一瞬」
「でも姿が見えないままでは酷く苦しめる事になってしまうかも」
2人のレディは廊下をきょろきょろと見回しながら言った。
次いでレディは妖艶な腰つきで互いに1歩前へと進んで。
なめまかしい姿をした『死』がフェリシアへと1歩迫る。
フェリシアは幾度となく前後のレディへと交互に視線を向けた。
だがどうする事もできない。
レディ達はゆっくりと前進を続けている。
フェリシアはうずくまり、その手に握る赤い細剣を柄をこれでもかと握り締めて。
「助けて、お兄ちゃん!」
幼少の自分にその剣を送ってくれた兄の姿を思い浮かべる。
「お願い、助けて!」
フェリシアが叫ぶが、助けは来ない。
「この剣を持ってたら、必ず助けに来るって言ったのに…………」
フェリシアは記憶の中の兄に言った。
記憶の中のいかにもひ弱そうな、黒髪で黒い瞳の、まだ普通の人間だった少年を思い浮かべる。
「…………」
フェリシアは抱き抱えていた細剣を見た。
どんなスペルアーツが宿っているかもわからない、幼少期から肌身離さず持ち歩いていた『お守り』を見つめて。
フェリシアは隠蔽の衣を取り払った。
「観念したようね」
「せめて楽に殺してあげますわ」
レディはフェリシアの首を。
そしてもう1人のレディはフェリシアの胴へと狙いを定めた。
次いで2人は跳躍。
フェリシアに凶刃が迫る。
その刹那。
フェリシアはその手に握る赤い細剣を構えて。
その剣に宿る魔力を解放する。
「ソードアーツ────」
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