プロローグ 勇者の敗北

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「『灼火は分かつ(ブレイジング・クリーヴ)』」  剣身(けんしん)に灯る赫灼(かくしゃく)。 荒々しく逆巻(さかま)く灼熱の(ほむら)。 振り下ろされた刃は紅蓮(ぐれん)の一閃となった。  その一閃と交差するように暗黒の閃きが走る。 「ソードアーツ『深き闇は裂きて(ダーク・リッパー)』!」  黒骨の壁に走った十字の亀裂。  すかさずディアスは振り抜いた剣を別な2本に。 ()いで体をよじり、腕を大きく引いて細剣(さいけん)を顔の横に構えた。 見開かれた瞳。 凝視するのは刻まれた十字の斬擊痕(ざんげきこん)の交点。 「|ソードアーツ『鋭き毒、刹那に疾る(ゲイル・スティングレイ)』────」  放たれたのは紫色(しいろ)の閃光が尾を引く刺突(しとつ)。 その鋭い突きが黒骨の壁を貫いた。 すかさずその腕に力を込め、その壁へと体を引き寄せて。 同時にもう一本の剣の柄を強く握り締める。 「『刹那の閃き、(ライジング)天を衝かんと(・ブレイド)』……!!」  剣の切っ先が火花を散らしながら黒骨の床を走った。 そして床を蹴ると共に唸(うな)りをあげて加速する刃。 大きく()を描いて振り上げられた斬擊が轟音(ごうおん)を響かせる。  それぞれの武具に秘められた固有能力『ソードアーツ』。 蓄えられた魔力の放出によって発現するその一撃が冒険者の対魔人の切り札で。  縦に。 横に。 突いて。 斬りあげて。 続けざまに放たれたソードアーツがネバロの防御を打ち払った。 四散(しさん)する黒い凶骨(きょうこつ)。 吹き飛ばされた黒骨の先にはネバロが(わら)っている。 「……ごふっ」  ディアスの喉元を駆け上がる血潮(ちしお)。 その口許(くちもと)を真っ赤に染め、ボトボトと塊のような血が(したた)り落ちた。 「……まだだ。まだ倒れるわけには、いかない……!」  ディアスが前へと踏み出しながら言った。 だがその意志とは裏腹に、その身体が冷たくなっていくのを──死が迫っているのをディアスは感じて。  それでもディアスは止まらない。 吐血しながらも歯を食いしばり、踏み出した足で黒骨の床を蹴ってネバロに肉薄する。  剣を持ち変え、さらに次々とソードアーツを放つディアス。 ネバロは後ろに跳び、追いすがるディアスから距離を取って。 次々と襲い来る攻撃を骨の防御で(はば)んんだ。 「……8……9…………10ぅ! ケケ! これで打ち止めだなぁ?!」  ソードアーツを数えていたアムドゥス。 アムドゥスは獣の頭蓋から覗く3つの瞳を細く歪めてにやりと笑う。 「ソードアーツを使いきったガキなんざネバロが相手するまでもねぇ」  アムドゥスはディアスのもとへと滑空(かっくう)。 その手に握る10本目の剣と最初の剣を交互に見た。  ソードアーツの発動にはその剣に蓄えた全ての魔力を必要とする。 すでにソードアーツを放ったそれらの剣は今、魔力が尽きているはずで。 「ケケケ、かかってきなぁ! 俺様がこてんぱんにしてやん────」  だがアムドゥスの言葉を(さえぎ)って。 「『灼火は分かつ(ブレイジング・クリーヴ)』」  ディアスの手に握られた剣。 彼はそこに満ちる魔力を解き放った。 剣身(けんしん)に再び灯る赫灼(かくしゃく)。 アムドゥスの首筋目掛け、炎を(まと)う刃が閃く。 「んなバカな! ソードアーツがループするだとぉぉお!?」  驚嘆(きょうたん)の声を漏らすアムドゥス。 アムドゥスは迫り来る灼熱の刃を回避しようと。 だが間に合わない。 眼前に迫る焔(ほむら)がその視界を覆い尽くす。  刹那(せつな)、床を蹴る音。 大きく陥没(かんぼつ)する黒骨の床。 そしてネバロはその細い腕に異形の骨を幾重(いくえ)にも纏(まと)わせて。 「危ないよ、アムドゥス」 彼女は長い銀髪をたなびかせ、一瞬でディアスの前へと(おど)り出て。 アムドゥスを押し退()け、ディアスの振るう紅蓮(ぐれん)剣閃(けんせん)を軽々と弾き返した。 だがすでにディアスは10本目の剣を次の得物へと持ち変え、その剣を構える。 「こいつどうなってやがる! なんで撃ち終わったばっかの剣でソードアーツが撃てるんだぁ?!」   驚愕(きょうがく)するアムドゥスの前でさらにソードアーツを放つディアス。 ネバロはその暗黒の斬擊を受け流す。  だがディアスはすでに細剣(さいけん)を構えていた。 その魔力を解放し、ネバロ目掛けて紫の閃光を(まと)う鋭い切っ先を突き出す。  なおも終わる事のないソードアーツの連続発動。 それが彼を冒険者の筆頭である【勇者】の1人足らしめる力。 【白の勇者】ディアスだけが可能にした奥義──『剣の嵐、無窮に至りて(インフィニータ・スパーダ)』だった。 「すごいすごい! ホントに凄いよ、お兄ちゃん!」  声を弾ませながらネバロが言った。 ディアスの連擊を捌(さば)きながら、その頬を紅潮(こうちょう)させて。 その禍々(まがまが)しい赤の瞳を爛々(らんらん)と輝かせる。  ディアスの猛攻はさらに激しさを増し、ついにはネバロの身体に傷をつけ始めた。 形勢は徐々にディアスに傾いていく。   そしてネバロはディアスの連擊を受けきれず、わずかに体勢を崩した。 ディアスはその隙を見逃さない。  ディアスはネバロに斬りかかろうと。 だが対峙(たいじ)するネバロの瞳に宿っていた輝きが忽然(こつぜん)と消えた。 「残念」  ネバロは先ほどまでとは違う冷ややかな声音(こわね)で呟いて。 そして膝から崩れ落ちるディアスを氷のような眼差しで見下ろす。 「楽しかったけど、もうおしまいだね。お兄ちゃん」  ネバロが言った。  身体が言うことを聞かない。 ()いで自身の肉体にまるで熱が感じられない事にディアスは気付いた。 「ソードアーツ────」  それでもディアスは剣を持ち上げ、その魔力を解き放とうと。 だがそれより早く。 「『歯牙の魔物(スタブ・クラスタ)』」  ネバロの声と共にディアスの周囲の骨が弾けるように隆起(りゅうき)した。 その攻撃はディアスの10の剣を飲み込み、ディアスの身体に深々と突き刺さって。  ディアスは全身の十数ヵ所を黒骨に貫かれ、その身体はもう、ぴくりとも動かせない。  ディアスは最後に目だけを動かし、通路の先に人影がないのを確認した。  ()いで敗北を受け入れると、その意識が途切れる。 「…………そうだ。私いいこと考えちゃった」  名残惜しそうにディアスを見ていたネバロが呟いた。 ()いで軽やかな足取りでディアスに歩み寄る。  「聞こえてる? お兄ちゃん。私ね、いいこと考えたの」  すでにその声はディアスには届いていなったが、ネバロは気にしない。 悪戯(いたずら)っぽい笑みを浮かべて続ける。 「お兄ちゃんのこと、私と同じ魔王にしてあげる(・・・・・・・・)
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