#2 青い森の魔物

20/30
前へ
/397ページ
次へ
「────『その刃(ソード)、熾烈なる旋風の如く(・ヴォルテクス)』」  ディアスは剣を加速させた。 自身の膂力(りょりょく)に剣の操作による速度を上乗せした斬撃。 それは眼前にまで迫っていた弾丸を斬り裂く。  その急激な加速は衝撃波を生んで。 空気中を伝播する間にその威力は減衰し、衝撃波は鋭い音へと変わる。  その音に紛れて種子の弾ける音。  ディアスは振り抜いた剣の勢いをさらに加速させる。 もう片方の手に握った剣も振り抜くと同時に加速。 つま先を軸に身をよじって。  ディアスは放たれた弾丸全てを斬り伏せた。 連なる衝撃波が反響して轟音となる。  ディアスはすかさず駆け出してアムドゥス達のいる方へと向かった。 木々の隙間を飛ぶように走り抜け、(やぶ)を跳び越える。  左右に広がるのは(うごめ)く赤い(いばら)に覆われた景色。 背後からは凄まじい勢いで魔宮が拡がり、(またた)く間に森を飲み込んでいく。  森の中には半狂乱で逃げ惑う獣型の魔物の姿があった。 ディアスはそれらの魔物を跳び越えて。 襲いかかってくるものは、すれ違い様に斬り捨てて先を急ぐ。  その前方から時折放たれる強い閃光。 「派手にやってるな」  口調とは裏腹にその顔には焦燥の色が見えた。 「まだ距離がある。手分けしたのは間違いだったか」  ディアスは歯軋りすると、強く地面を蹴って跳躍する。  ディアスは一度両手の剣を鞘に納めると、別な剣を抜いた。 抜いた剣を横目見て。 剣の魔力が溜まっているのを感じ取ると前方に視線を戻す。  その視線の先には魔物の群れ。  ディアスは戦闘を回避するため木の側面を駆け上がり、強く蹴ると飛び上がった。 枝から枝へと跳躍し、森の上へと出る。  一陣の風。 吹き付けた風がディアスの髪を揺らした。 マントがはためく。  開けた視界。 木々の上を走るディアスの目に映ったのは、頭上に輝く白の月に照らされた深い森。 そしてその左右には血のように赤い魔宮が────  ディアスはその魔宮の中からそびえる無数の巨大な魔物の姿を捉えた。 遠目には太い幹のようにしか見えなったが、それらは頂点に巨大な薔薇(ばら)の花を持った、眷属(けんぞく)と同じ人型の魔物。 その身の丈は30メートル以上はあり、身体をゆっくりと前後に揺らしている。  ディアスの視線に気付いてか。 巨大な薔薇の魔物はディアスに振り向いた。 次々と周りの薔薇の魔物も振り向いて。 魔物は大きな腕を持ち上げると、そこから赤い(いばら)と青い(つる)の束が次々と放たれる。  ディアスは舌打ちを漏らすとすぐさま降下。 森の下へと戻ると、降り注ぐ(いばら)(つる)の束をかわしながらひた走る。  地面に突き刺さったそれは(またて)く間に四肢と白い花を形作って。 そして次々と放たれる種子の弾丸。  ディアスは迫りくる弾丸を斬り裂いた。  その傍らでは獣型の魔物が被弾。 短い悲鳴をあげて。 その傷口からおびただしい量の根と(つた)が拡がった。 悶え苦しむ魔物。 その身体の内部を縦横無尽に根が走り、表皮を突き破って枝が伸びた。 ついには魔物はその動きを止める。  ディアスは魔物の亡骸を横目見ながらまた駆け出した。  魔物の猛追をかわし続け、ついにディアスはアムドゥス達のもとにたどり着いて。 「エミリア!」  木々を抜けながらディアスが叫んだ。 その視界の先には光を放つ結晶が連なり、いくつかの人影を捉えて。  木の幹にもたれる少女。 うなだれる最年少の少年。 立ちすくむアーシュ。 膝を着き、剣で上体を支えているのは村の守衛。 その背後にはリーダー格の少年。 そして折れたハルバードで体を支えているエミリア。 エミリアの肩にはアムドゥスがとまっていて。  そしてディアスは人面の魔物に視線を向ける。 「アハッ」  人面の魔物はディアスと視線が交わると笑い声をあげた。 2つに裂けた顔に笑みが広がる。 「ディアス!」  エミリアはディアスに気付いた。 その顔がほころぶ。  ディアスはその隣に並んで。 「アムドゥス!」  ディアスの呼び掛けにアムドゥスはすかさず答える。 「正体不明、レベル63。武器は再生する複数の尾と蹄。閃光と共に結晶を展開。魔宮と魔物を結晶で侵食する能力。あとバインドボイスあり」 「正体不明?」  ディアスはふんと鼻で笑った。 「晩飯は焼き鳥で確定だな」 「ケケ。冗談言ってる場合かよ、ブラザー。あと焼き鳥ネタはワンパターンだぞ。ディアス────」  アムドゥスはそこで言葉を切って。 エミリア以外に視線を向けてから続ける。 「分かってるとは思うが、出し惜しみはすんなよ」 「ああ、分かってるよ」  ディアスの目の輝きが強まった。 「アハッ。アハハハハ…………。ヤット会エタ。ヤット会エタネ、黒キ(かばね)」  人面の魔物は女のものとも男のものともつかない声で言った。
/397ページ

最初のコメントを投稿しよう!

197人が本棚に入れています
本棚に追加