#2 青い森の魔物

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「ううう………アー君!」  エミリアはアーシュに抱きついて。 「おー、よしよし。よしよし。…………あ、アーくん肌すべすべだね」  エミリアはアーシュの肌をさわさわと撫で回した。 傷やあざをその細い指先が触れると、時折アーシュの体がびくりと震える。 「痛っ。エ、エミリア?」 その手は薄い背中を。 「エミリアってば」 あばらの浮き出た脇を。 「ふひっ。いや、ちょっ、エミリアくすぐったひ」 そして柔らかいお腹を。 さらに、柔らかいお腹を。 なおも、柔らかいお腹を撫でて。 「アーくん、お腹はたぷたぷなんだね。全然筋肉ない」 「なっ」  アーシュは無言でお腹に力を込めた。 口を固く引き結び、眉根を寄せて必死に力む。 「……え、力入れてるの?」  エミリアが言うとアーシュは愕然として。 さっきまでとはまた違った泣きそうな顔になる。 「そう言うエミリアだって筋肉ないだろっ!」 「え、あたし腹筋バッキバキだよ?」 「え!?」 「シックスパックだよ?」 「え、ほんとに……?」    「嘘。んなわけないじゃーん。けけけけけ」  エミリアは意地悪く笑うとおもむろに上着の裾をめくった。 片手で裾をたくし上げると、もう片方の手でスカートを少し下げて。 エミリアのみぞおちから下腹部にかけてが(あらわ)になる。 「それでもあたしのが腹筋硬いよ」  エミリアはお腹を突き出して触ってみろと促す。 「…………」  アーシュは顔を赤らめながらエミリアのお腹に手を伸ばした。 つんつんと指先で触って。 ()いでとんとんとお腹を叩く。  アーシュは自分のお腹とエミリアのお腹を交互に見ると悔しそうに表情を歪めた。 視線を上げるとエミリアがニヤリと笑う。 「どれどれ」  ディアスがぽんぽんとエミリアのお腹を叩いた。 エミリアはそれに驚くと小さな悲鳴をあげる。 「ちょっと、ディアスはダメ!」  エミリアは両手で服の裾を下まで降ろすと言った。 「ん? ああ、すまん」  ディアスが謝る。 するとアムドゥスはケケケと笑って。 「くそガキは良くてディアスはダメなのかぁ?」 「当たり前じゃん」  エミリアはアーシュを指差して。 「アーくんは子供。お子ちゃまでガキんちょだよ」 「おれの事また子供扱いしてる!」 「だって子供じゃん」 「おれが子供なのは認めるけど、エミリアのが年下だろ!」 「わっかんないよー? あたしのがおねぇさんかも」 「……エミリアって今いくつ?」 「内緒。アーくんは?」 「内緒」 「ケケケ。くだらねぇ(はなし)してる場合かよ」  アムドゥスはやれやれと肩をすくめて。 「言っちまうとエミリアはくそガキより(とし)2つ下だぜ?」  エミリアとアーシュはアムドゥスに振り返った。 「俺様の眼は最高の観測装置だ。年齢は読み取ったステータス情報に含まれてる」 「ほぉ、凄いな! 身長、体重、スリーサイズなんかも?」  守衛が食い気味で聞いた。 「当たりめぇよ。ケケケケケ!」 「アムドゥスってえっちなんだね」 「はぁっ!?」 「おじさん、なんかがっかりした」 「えー、こんな事でか?」  守衛はディアスに視線を向けて。 「男たるもの、スリーサイズに興味を持つのは紳士のたしなみだよな」 「俺は魔人だ。紳士じゃない」  ディアスはため息混じりに言うと立ち上がった。 「行くのか?」  守衛が(たず)ねる。 「エミリアは行けるか?」 「あたしは大丈夫だよ」 「アーシュは家から持ってくようなものは?」 「上着とか取りに行きたい」  アーシュが言うと守衛は壁にかけられた外套(がいとう)をアーシュに投げ渡した。 「でかいだろうがそれで我慢してくれ。アーシュの家の方は見張りが立ってる。近づかない方がいい」 「わかった」  アーシュはぶかぶかの外套(がいとう)を羽織った。 持ち上げた右腕を振って袖から手を出す。 「どれ、やってやる」  守衛はアーシュの右の袖を折り返した。 左腕の余った袖を縛って邪魔にならないようにする。 「ありがとう、おじさん」  守衛はアーシュの顔をじっと見つめて。 「大きくなったな」 「ん……? うん」 「瞳は母さん譲りだが、目元や生意気そうな眉毛は父さんそっくりだ」  守衛はアーシュの頭をわしゃわしゃと撫でた。 「本当は俺がついていければ良かったが────」  守衛はディアスとエミリアに交互に視線を送って。 「アーシュを頼みます。勝手なお願いですがアーシュが腕を取り戻し、平穏に暮らせる場所に着くまで面倒を見てやってほしい」 「ケケケ、くそガキはそれでいいのか?」 「…………おれだっておじさんと別れるのは嫌だけど、おじさんは守衛さん達の中でも一番強い。おじさんがおれと来ちゃったら村の人達が危ないよ」 「違う違う。俺様が聞いてるのはそこじゃねぇ」  アムドゥスが言うとアーシュは首をかしげた。 「俺様が言ってるのは腕を取り戻したあと、適当な町とかで俺様達との旅をやめていいのかってことだ」
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