#2 青い森の魔物

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「え、ずっと一緒にいていいの?」 「ケケ、お前さんが望むんなら。いいよなぁ、ディアス?」 「アーシュが来たいのなら構わない」 「あたしもアーくんと一緒にいれたら嬉しいな」 「だが────」  ディアスは守衛へと顔を向けて。 「あなたはどうです? 俺達魔人堕ちとアーシュが旅を続ける事について。魔人と行動を共にしている人間。それが知れ渡ればアーシュは人間社会での居場所を失いかねない」  ディアスはアムドゥスとエミリアに目配せすると続けて。 「そして俺達はいずれ黒骨の魔宮の再攻略に乗り出す。それに追随(ついずい)するかはアーシュの自由だが、それ以外にも旅の過程で通常の冒険者以上に危険にさらされるかもしれない。旅を共にする仲間としてお互いの身を守れるよう最善は尽くすが、アーシュの能力に合わせて歩みを緩める時間はもう俺には無い」 「ついてこれなきゃ死ぬ。ケケケ、全ては自己責任ってこった」  アムドゥスが言った。 「俺は、反対だ」  守衛が答えた。 「俺は今までアーシュの成長を見守ってきた。俺がアーシュに望むのは健やかで平穏な生活だ。願うのは誰にも虐げられる事なく、年老いて穏やかな最期を最愛の人達に看取られて迎えることだ」 「おじさん……」  守衛はアーシュへと視線を向けた。 大きくため息を漏らすと頭をボリボリと()いて。 「と、ここまでが保護者代わりにアーシュを今まで見てきた者の意見だ。だが俺は魔宮の攻略から離れても冒険者だ。冒険者だと思っている。魔人討伐は人命を救うという大義もある。だがそれ以上に駆り立てるものがそこにはあった」  守衛は虚空を睨むと過去の冒険を思い起こした。 ()いでディアスへと視線を戻して。 「結論から言えば選ぶのはアーシュだ。アーシュのしたいようにすればいい。どうせ俺が止めてもアーシュはやめないさ。にいちゃんなら俺なんかよりもアーシュの気持ちが分かるだろ? 冒険者への憧れがアーシュを変えた。それを奪うことは俺にはできん」 「やった! ありがと、おじさん!」 「別に俺が礼を言われるような話じゃないよ。俺はお前の無事を祈ってる。そのうち名を上げて俺の耳にアーシュの活躍が届くのを心待にしてるよ」 「いいんだな?」  ディアスが再度(たず)ねた。 「ああ、アーシュは任せた」  守衛はそう言うとにやりと笑って。 「にいちゃんはさっきアーシュがにいちゃんの技を踏襲(とうしゅう)するのも白の勇者を名乗るのも構わないって言ったよな? そしてアーシュは仲間になるんだ。もちろん最善を尽くして技を全てを叩き込んでくれるんだろ?」 「……ああ。善処するよ」 「頼むぜ」  守衛はディアスの肩を叩いた。 ぎゅっとその肩を掴んで。 「アーシュを、頼んだ」  守衛はそう言うとディアスのもとを離れた。 持ってきたのは長い袋と小さな鞄。 守衛は小さな鞄に物を次々と詰め込む。 「少ないがポーションにアーシュの食料と水。あとはなにかと入り用だろ」  守衛は銀貨の入った小袋も鞄に押し込んで。 「持ってきな」 「ありがとうございます」  差し出された鞄をディアスは受け取った。 「こっちは腕を持ってくのに。そのまんま抱えてったら守衛や憲兵(けんぺい)なんかに間違いなく捕まるからな」  守衛は長い袋も手渡した。 「あとアーシュ。これを持ってけ」  守衛は丸薬の入った小袋を懐から取り出した。 「狂戦士が使う薬だ。痛みが酷くなったら小さく砕いて薬草なんかと一緒に飲むといい。さっきあげたやつと違って効果が強いからそのまま飲むなよ?」 「わかった。ありがと、おじさん」  アーシュは受け取った小袋を外套のポケットに押し込んだ。 「じゃあ、行こうか」  ディアスが言った。  ディアスが扉に向かって歩いていき、その後ろをエミリア、アムドゥス、アーシュと続く。 ディアスは扉に手をかけると守衛に振り返って。 「ご無事で」 「にいちゃん達こそな」  守衛が手を振った。 その視線がアーシュと交わると、アーシュの紫の瞳が一瞬で潤んで。 「…………おじさんっ!」  アーシュは駆け出すと守衛に抱きついた。 服の裾を強く握るとすすり泣く。  守衛はやれやれと肩をすくめるとアーシュの背中を優しく一定のリズムで叩いた。 少ししてアーシュが泣き止むとその体を引き剥がす。  守衛は屈むとアーシュの頭を撫でた。 次いでとんと肩を押して。 「いってこい!」  アーシュはうなずいた。 そしてディアス達の方へと駆け寄る。  ディアスは会釈すると扉をゆっくりと開いて。 周りに人影が無いことを確認してから外へ。 「守衛さん、元気でね」  エミリアは守衛に手を振るとディアスに続いて家を出た。 その肩にアムドゥスが飛び乗る。 「じゃ、いってきます!」  アーシュが言った。 アーシュが家を出ると扉が、パタリと閉じる。 「…………」  守衛は無言で扉を見つめていた。 木製の扉。 金属の取っ手。 すりガラスの小さな窓。 染みや傷。 見慣れた、いつもと代わり映えのない扉のはずなのに。 守衛は扉をただただ見つめたまま立ち尽くしていた。
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