#3 赤の勇者

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「……あ」  アーシュはディアスの言わんとしていることに気付いた。 その顔に戸惑いの表情が浮かぶ。 「俺達は魔人だ。人喰いの化け物だ。それは分かってただろ?」  ディアスの赤い瞳が光を放っていて。 「怖くなったか? 今になってお前が一緒に旅をしようとしている相手が魔人だって実感が湧いたか?」  ディアスはその瞳でアーシュを見つめる。 「…………ディアス兄ちゃんは人を喰いたいって思ったことある?」 「俺はネバロに魔人にされたあの時から飢えと渇きにさいなまれてきた。言えば人を喰いたいと思わなかった時はない」  ディアスの視線がアーシュを舐めるように這った。 「ディアス兄ちゃんはおれのこと、喰いたい……?」 「…………」  ディアスは答えない。 ただ無言のまま。 だがその静寂こそが明確な答えとなって。  アーシュは生唾を飲み込んだ。 だがアーシュは一歩前に踏み出して。 「でも、ディアス兄ちゃんはおれを喰わない。今までそうしてきたみたいに、これからもきっと。エミリアだって────」  アーシュはディアスからエミリアの消えた街道の先へと視線を向けて。 「喰おうと思えばおれなんていつでも喰えた。魔力を消耗してエミリアだって酷く飢えていたはずなのに。なのに、おれじゃなくて山賊の方へ行った。きっとそういうことなんだよ」  アーシュはディアスに視線を戻して続ける。 「おれは2人を信じてる。人を喰うことが良いとか悪いとかって話は今はしないし、おれには分かんないけど。少なくとも2人は良い魔人だとおれは思ってるよ…………」  アーシュの紫の瞳がディアスの赤い瞳をじっと見つめ返した。 ()いでアーシュは切断された左腕に触れて。 「血、だけだったら……やっぱりそんなに回復できないのかな?」 「血や体液を好んで摂取する魔人もいるが、回復量は微々たるものだな」 「それでも、効果はあるんだね」 「俺は俺の信条として人の血肉を喰わないんだ。気持ちはありがたいが遠慮しとくよ」  ディアスはひらひらと手を振った。 「そっか。…………良かったぁ」  アーシュは息をついて。 「ほんとに血吸われたらって思うと緊張しちゃった。勢い余ってそのまま喰い殺されたりー、なんて」 「実際口にしたら本当にそうなりそうで怖い」  ディアスはそう言うと乾いた笑いを漏らした。 2人は街道を再び進み出す。 「そういえば魔人堕ちって普通の食べ物食べたらどうなるの?」  アーシュが()いた。 「味はするし、物理的には腹も膨れる。飢えと渇きは全く消えないけどな」 「食べたことあるんだ」 「わりと食事はとってる。人間として宿に泊まったりすればそこで出される事が多いからな」 「でもよくバレないね。フード覗かれたらバレるのに」 「わざわざ魔宮の展開ができない町や都市の中に入ってくる魔人はそう多くはないからな。訳ありの冒険者や旅人なんていくらでもいるし、ギルドバッジさえ出しておけばそういう詮索(せんさく)はされない」 「ディアス兄ちゃんがバッジ出したら騒ぎにならないの?」 「ん? ああ、俺は勇者としてもらったバッジとは別なバッジがあるんだ。俺が勇者に選定された時はゴタゴタしてて前のバッジの返却をしないで新しいバッジを受け取ったから俺はバッジを2つ持ってる」 「そうなんだ。……あと町の中って魔宮の展開できないの?」 「その町の規模にもよるが…………そうか、アーシュのいた村はそんなに大きな村じゃないから魔人対策がされてないのか。今は侵食耐性に特化した魔宮の生成物を利用して、町の中とかで魔人が魔宮を展開できないようにしてるんだ。杭状のものが町のあちこちに埋めてあってな」  ディアスは視線を左右に走らせながら続けて。 「魔宮を展開するとき、その魔宮が展開できるスペースが確保されていないとその展開は不発に終わる。それを利用したのが魔人飼いなんかで使われる(おり)や首輪とそれに繋がる鎖だな」 「じゃあディアス兄ちゃんやエミリアが町の中で魔人だってバレたら結構ピンチ?」 「いや、そうでもないぞ?」  ディアスはアーシュに視線を落とす。 「俺の魔宮は展開域を持たないからな。ギミック特化の刃を生成する魔宮。展開は俺の身体から。その維持は直接俺の身体に触れるか、展開した刃によって間接的に俺に触れている必要があるが。そしてエミリアは展開域が最小だから展開する場所次第ではできるはずだ。そこまで密集して柱は設置されてないからな」 「そうやって聞くと2人って結構変わった魔宮の魔人堕ちなんだね」
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