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「……なぁ、おい。あの目、魔人じゃないか?」
冒険者の1人が檻の中に光る赤い瞳に気づいた。
その声に他の冒険者達が一斉に檻へと視線を向けて。
「魔人? 魔人だって!?」
「今魔人って言ったか……!?」
「うそ、なんで魔人がいるのよ!」
「うわぁっ!」
周囲に動揺と混乱が瞬く間に伝播する。
反射的に武器に手をかける冒険者達。
そして喧騒に紛れて鋭い風切りの音。
檻の中の魔人目掛けて、1人の冒険者が矢を放った。
その矢は檻に弾かれたが、同調した他の冒険者も次々に矢を放つ。
「待て!」
「やめろ!」
冒険者の数人が制止の声をあげるが間に合わない。
────刹那、白い影が躍った。
白いフードの青年は背中に差した2本の剣を抜き放ちながら跳躍。
そのまま剣を投擲して。
さらに続けざまに抜剣。
一閃。
次いで二閃同時。
投擲と斬撃により、放たれた5つの矢全てを瞬く間に斬り伏せる。
そして白いフードの青年が着地するのとほぼ同時。
投擲された剣は弧を描き、今も矢を放とうとする冒険者のボウガンに突き刺さった。
一瞬の静寂。
ひるがえった白のマントがふわりとおりる。
「待て待て待て! そう慌てるな諸君!」
キールが慌てて檻の前へと飛び出した。
「この魔人は無力化されている! この檻の中にいる限りダンジョンの展開はできない。絶対にだ。そしてこの魔人は今回の魔人捕獲作戦の要だ。目には目を、歯には歯を、魔人には魔人を。何も人間が危険を冒すことはない。この魔人を使ってダンジョンの魔物を蹴散らし、安全に魔人を捕獲するのが今回の作戦なのだ」
いくぶん冷静さを取り戻した冒険者達だが、中にはキールの言葉を信用できない者が大半だった。
「さてさて、それではこの魔人が安全だという証拠をお見せしようか」
キールはそう言うと腰に差したきらびやかな剣を抜いた。
「……君、助かったよ。あとで礼をしよう」
キールは白いフードの青年に耳打ちしつつ、その背中を押して檻の前から退かせる。
白いフードの青年はそのままボウガン使いの冒険者に向かっていった。
「とっさの事とはいえ悪かったな。支給品からもっといいの選んでくれよ」
白いフードの青年はボウガン使いの肩をポンポンと叩くと、剣の回収を済ませてまた部屋の隅へと移動する。
「……あいつ何者だ?」
「熟練の冒険者じゃないのか?」
「でもステータスは一番低いって言われてたし、剣はどれもぼろぼろだったぞ」
何人かが白いフードの青年を好奇の目で見ていて。
だが突如響き渡った悲鳴に全員が振り向いた。
冒険者の視線の先にはキールが突き立てた剣と、それに足を貫かれた魔人の姿。
キールは剣の切っ先で魔人の足の傷をぐちゃぐちゃとかき混ぜなら言う。
「ほうらこのとおり。この魔人はダンジョンを展開して抵抗はできない」
にやりと笑みを浮かべるキール。
「……ケケケ、人間ってのは残酷だなぁ。魔人と人間の違い、てやつが分からなくなるぜ」
キールの悪意に満ちた笑顔を見て、フードの中からささやいた。
「……同感だな」
それに白いフードの青年が同意する。
キールは剣の切っ先を抜くと、檻の鍵に手をかけた。
次いで慌てて冒険者達に振り向いて。
「おおっと、諸君、慌てないでくれたまえよ。この檻は捕らえた魔人の展開域を封じるものだが、何も備えはこれだけではない。安心してくれたまえ。ここで魔人の紹介といこうじゃないか」
キールは冒険者達に念を押すと、檻の鍵を開いた。
檻の側面にある小さな横開きの扉が開く。
「さぁ、出るんだ」
キールの言葉を受け、魔人は狭い檻から這い出すように出てきた。
出てきたのはボサボサの白いざんばら髪の少女。
乱雑に切られた髪は不揃いで、前髪の隙間から赤く発光した瞳が覗いていた。
首にはきつく締まった首輪がされており、首輪からは檻に使われているのと同じ材質に見える鎖が重そうにぶら下がっている。
先ほど受けた傷もあってその姿は痛々しいものだったが、冒険者の目には憐れみなどの感情はない。
あるのは敵意や侮蔑の眼差しだけだった。
「これの名前は……おおっと、魔人に名前など不要でしたな」
キールがそう言って意地悪く笑うと、周りの冒険者からもクスクスと笑い声が漏れた。
キールは魔人の少女の腕を乱暴に引いて前に立たせると、説明を始める。
「これの展開する魔宮はあらゆる魔人の中において最小。ゆえに他の魔人と戦う際に、侵食域の競い合いなんかの駆け引きが必要ない。護衛や魔宮攻略に最も適した最小の展開域を持ったダンジョンマスターなのです」
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