#3 赤の勇者

26/39
前へ
/397ページ
次へ
「ねぇちゃん!」  シアンが再度呼びかけてもスカーレットに動きはない。 「アーシュガルドくん、ねぇちゃんを頼む」  アーシュが答える間もなくシアンは前に出た。 迫り来るスライムをその槍で()ぎ払う。  だが押し寄せるスライムの量はとても1人で対処できるものではない。  斬り裂かれたスライムはシアンの足に取りついて。 「シアンにいちゃん!」  アーシュは持っていた剣を床に突き立てると短剣を抜いた。 その剣を投げ放つ。 「『その刃(ソード)、風とならん(・ウィンド)』!」  アーシュの投げ放った短剣が加速すると、シアンの足に取りついたスライムを斬り裂いた。 だがスライムは2つに分かれるとすぐにまたシアンの足をその身体で掴む。  頭上の王冠型のスライムがまた赤の光を放って。  周囲のスライムはまた形を変えた。 その全身から突き出す鋭いトゲ。 シアンの足を覆っていたスライムもその形を変えると、シアンの足を無数のトゲが貫く。  シアンの身体がぐらりと傾いた。 シアンの足を貫いたスライムのトゲは彼の足の骨をズタズタにしていて。 彼の自重を支えきれず、右の膝下の骨がペキペキと音を立てながら折れる。  シアンは槍で倒れる身体を支えた。 その顔は痛みに歪んでいて。 だが体勢を立て直すと片膝をついたまま、なおも槍を振るう。  だがシアンを取り囲むスライムは大きく跳躍。 鋭いトゲをシアンに向けて飛びかかる。  アーシュとスカーレットの2人もすでに取り囲まれ、スライムが突進。 半透明の鋭い切っ先が2人に迫る。 ────その刹那(せつな)。 アーシュは全ての剣を抜き放って。 3本の短剣と2本の剣に全ての意識を集中させる。 「回れ回れ」  アーシュは手をかざして。 「(まわ)(まわ)れ」   5本の剣が宙に浮かんで。 「舞われ、舞われ」  浮かび上がった剣がアーシュの周囲をぐるりと旋回した。 そしてアーシュは力の限り叫ぶ。 「『その刃、(ソード・)嵐となりて(ストーム)』……!!」  アーシュの叫びに呼応し、5本の剣が高速で旋回。 宙を走る刃がスライムを斬り裂いた。 宙を()る刃がスライムを斬り刻む。  アーシュとスカーレットに迫ったスライムをズタズタに斬り分け、シアンに(おど)りかかったスライムも斬り伏せて。  直立不動で剣の操作に全ての意識を注ぐアーシュ。 その姿はあまりに無防備だった。  一定間隔で回る刃を()(くぐ)り、1匹のスライムがアーシュに襲いかかる。  それを捉えたシアンが槍を振るって。 だが斬り込みが浅い。 負傷した足ではスライムに追い付けなかった。 スライムの側面を槍の切っ先が裂くが、瞬く間に再生する。 「アーシュガルドくん!」  シアンの声に反応し、アーシュの目がスライムを捉えた。 だが頭が回らない。 思考が(まわ)らない。 その意識の全てを剣の操作に注力しているアーシュは、無表情にスライムを眺めて。 「…………あ」  アーシュはようやくスライム(危険)が迫っている事に気付いた。 だが剣の操作を維持したまま咄嗟(とっさ)には動けない。 その身体がこわばる。 「ねぇちゃん!!」  シアンが叫んだ。  スカーレットはアーシュに襲いかかるスライムに気付いた。 矢筒から青い矢を手に取ると握り締めて。 スカーレットは跳ぶとスライムに矢を振り下ろす。  矢を握った手がスライムのトゲに貫かれるが、その矢はスライムへと突き刺さった。 矢を受けたスライムは凍りつくとその動きを止める。  スカーレットは小刻みに浅く呼吸しながら周囲に視線を走らせた。 虚ろな青い瞳で周りの状況を確認する。 「…………魔力……魔力が、中毒は…………時間」  スカーレットはぶつぶつと呟くと床に広がるスライムの残骸に視線を落とした。 ブクブクと泡立ちながら溶け崩れていくそれを両手で(すく)う。 「美味しくなさそ」  スカーレットはそう言うと一気にそれを飲み干した。 激しく咳き込む。 ()いで込み上げたものを吐き出すと、それは真っ赤な血で。 何度も吐血し、スカーレットの周囲が赤く染まった。 「…………オーケー。最っ高に具合は悪いけど意識はすっきりしたわ」  スカーレットはボウガンに矢をつがえると立ち上がった。 だが咳き込むとなおも血を吐く。  その姿を見てシアンの顔が青ざめて。 「魔物を喰うなんて、自殺行為だ! 魔物や魔人の肉は魔人が喰っても中毒を起こすのに、人間がそれを食べるなんて!」  シアンがスカーレットに怒鳴った。 それにスカーレットはギロリと視線を返して。 「うっさい。魔力欠乏で意識が混濁(こんだく)したままの私を(かば)いながら切り抜けられる状況じゃないでしょが」  スカーレットは大きく息をついて。 「大丈夫よ。町は近い。ギルドで解毒をすればなんとかなる。今手っ取り早く魔力を回復させるにはこれしかなかった」 「近いって言っても……道なりに行ったらどれだけ時間がかかるかも分からないのに…………」  シアンの言葉を無視し、スカーレットはアーシュに視線を向けた。
/397ページ

最初のコメントを投稿しよう!

197人が本棚に入れています
本棚に追加