#3 赤の勇者

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アーシュとその男の視線が交わって。 「情けねぇ顔してんなよ」  男が言った。 男は鋭い眼光とは裏腹に、その口許(くちもと)には笑みを浮かべていて。 「俺の剣に任せな、少年」 「僕の剣ですよ」  飛び出した男の背後から別な声。 「うっせぇな! 俺の剣技って意味だ! 言わなくても分かるだろが!」  鋭い眼光の男は肩越しに叫ぶと腰に(たずさ)えた剣を抜き放つ。  アーシュは男の抜く剣に視線を向けた。 その鞘から現れるのは細い諸刃(もろは)の剣身。 ソードアーツで加速したアーシュの目にはその動作は緩慢(かんまん)に見えて。  だが抜剣(ばっけん)の速度が瞬く間に加速するのをアーシュは見た。 男の抜く剣が鞘から半分ほど顔を覗かせた段階で、その動きを捉える事が完全にできなくなる。  男は猛禽類(もうきんるい)のような鋭い目で無数のスライムを睨んでいて。 「『その剣閃、(ソード・)稲光を放ちて(ライトニング)』」  ダンと地を踏み締める音。  そしてその音より速く。 一筋の閃光が広間を駆け抜けて。  その剣閃(けんせん)は一撃で無数のスライムを斬り裂いた。 「……あん? 思ったより(かて)ぇな」 「斬れるだけでも凄いんですよ、フリードさん」  首をかしげるフリードに、後ろから声をかける眼鏡の青年。 「予定では広間の端まで斬り伏せるつもりだったんだけどな。半分も斬れてねぇや」  フリードは小声で続ける。 「……ナマクラだな」 「フリードさん?! 聞こえましたよっ!?」  眼鏡の青年が不満げに言った。 「なんのことやら」  フリードは肩をすくめた。 鋭い歯牙を剥き出しにして、にやりと笑う。  次いでフリードは剣を鞘に納めると深く腰を落とし、再び抜剣(ばっけん)の構えをとった。 口許(くちもと)には相変わらず笑みを浮かべて。 だがその目は鋭さを増す。 「その剣閃、(ソード・)雷電の化身なりて(サンダーボルト)」  抜き放たれる剣閃。 その剣は先ほどと比べると速度はなかった。 だがそこに宿る力が違う。  振り抜かれた刃。 巻き起こる衝撃波。 轟音を響かせ、フリードの剣は周囲のスライムを粉々に吹き飛ばす。  フリードは地面を蹴った。 その手に握る剣はすでに鞘に納められていて。  フリードは立て続けに剣を抜いた。 振り抜いた刃が生み出す鋭い斬擊がスライムの群れを蹂躙(じゅうりん)する。  頭上に浮かぶ王冠型のスライムが身を震わせた。 複雑にいくつもの光を放って。 広間にひしめくスライム達はその光を受けると形を変え、より集まり、他の個体と連携を取ってフリードに迫る。 「無事ですか?」  眼鏡の青年はフリードと彼に迫るスライムを横目見ながらアーシュ達に駆け寄った。 青ざめた顔で口から血を流すスカーレットと、足を負傷したシアン、そしてアーシュを見る。 「俺は後回しでいい! 先にねぇちゃんを!」  シアンが慌てて言った。 眼鏡の青年はスカーレットの様子を見て。 「毒、ですか? なんの毒を受けたかわかります? スライムの攻撃ならそのスライムの特徴を。手持ちの武具によるものならそちらを教えてください」  眼鏡の青年はスカーレットの両肩に手を置くと、座るように促した。 「大丈夫です。フリードさんがいればもう安全ですよ」  スカーレットは青ざめた顔で青年に視線を返した。 促されるままに腰をおろす。 「私、スライムを喰ったの。魔力欠乏でどうしようもなくて」  スカーレットが言うと眼鏡の青年は顔をしかめた。 思わず声を荒らげる。 「魔物を喰うなんて、自殺行為にもほどがある!」  だかすぐにその顔から怒気(どき)が消えて。 「……いや、分かっていてもそれをせざる得ない状況だったのですよね。よくぞ持ちこたえました。ひとまず応急措置を。上に私達の仲間がいます」 「上ってことは10本の剣を持った冒険者と女の子も一緒? おれの仲間だったんだけど落とし穴ではぐれちゃったんだ」  アーシュが言った。 ソードアーツの加速が切れ、その言葉は聞き取る事ができる。  アーシュの言葉に眼鏡の青年の顔から表情が消えた。 中指で眼鏡の位置を直すとアーシュを見て。 「…………ええ、一緒ですよ。拘束してますが」 「え」  アーシュが驚きの声を漏らした。 「彼らは魔人でした。あなたは騙されていたんですよ」  眼鏡の青年が言うとアーシュはぶんぶんと首を左右に振った。 「違う、違うよ。2人は魔人だけど────」 「あなたは、騙されていたんですよ?」  眼鏡の青年がアーシュの言葉を(さえぎ)った。 眼鏡越しに鋭い目で青年はアーシュを睨んで。 「あなたは彼らの正体を知らなかった。……おふたりも同様ですよね?」  スカーレットとシアンは驚きに顔を見合わせていたが、眼鏡の青年が問うとうなずいた。 「何かの、間違いじゃないんですか?」  シアンが()いた。 「いいえ。彼らは魔人でした。交戦の際に魔宮の展開と瞳に宿す赤い光を確認しました。よって交戦ののちに捕縛(ほばく)し、今は拘束して無力化しています」
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