#3 赤の勇者

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「じゃあー、鍵あけますねー」  マールはゆったりとした動作で立ち上がった。 ディアスの収容されている魔人封じの(おり)まで行くと、躊躇(ためら)いなく鍵を開ける。  カイル、エドガーが身構えた。 フリードは鋭い眼光でディアスの挙動に目を光らせて。 エレオノーラはとんがり帽子を被ると、幅広のつばの陰からディアスを(うかが)う。  開け放たれた(おり)の扉。 ディアスは(おり)から身を乗り出した。    その赤の瞳がキッと見据えて。 発酵菓子のケーキを。 「どぉぞー」  マールは切り分けられた菓子を数枚小皿によそうと、ディアスに差し出した。  ディアスは受け取った発酵菓子を頬張ると顔をほころばせる。 「お前、甘いもん好きなのか?」  フリードが()いた。 「いや、そんな事は」  ディアスはまた発酵菓子を口に入れた。 もぐもぐと咀嚼(そしゃく)しながら。 「ないぞ」  もぐもぐ。 ごっくん。 「魔人相手への」  ディアスは発酵菓子を再び口に運んで。 「申し出だ」  もぐもぐ。 「その配慮を思えば」  もぐもぐ。 ごっくん。 「頂かないわけにはいかないさ」 「おかわりぃ、いりますー?」  マールが()いた。 「頂こう」  ディアスは大きくうなずいた。 「味、感じんのか?」  エドガーが呟いた。 「魔人堕ちになっても味覚はそのままだ。渇きも飢えも食べたところで全く消えはしないがな」  ディアスはマールからおかわりの発酵菓子を受け取ると、それをまた口に運んだ。 さらにマールから紅茶の入ったカップを受け取ると、それを飲む。 「…………で、行かないのか?」  ディアスが()いた。  マールを除く4人が半眼でディアスを見る。  ディアスは空になった小皿とティーカップを置いた。 ()いで壁に立て掛けられた自身の剣を横目見て。 「手にとっても?」 「ああ」  フリードが答えた。  ディアスは剣を手に取ると鞘を腰と背中のベルトに次々と留めて。 真白ノ刃匣(マシロノハゴウ)を肩に担ぐ。 「フリードさん、首輪はどうします?」  カイルが(たず)ねるとフリードは首を左右に振って。 「いや、いらねぇよ。こっちから誠意を見せなきゃ、誠意は返ってこないもんだ」  フリードは周りの仲間に順に視線を向けて。 「よし、準備しろ。()つぞ!」  フリードが声をあげる。 「───ケケケ、やっとエミリアが動いたぜ?」  その時、アムドゥスの声が響いた。 「やっとか。お前がもうそろだって言ってから、わりと時間がかかったな」 「あと少しの距離で休憩にでも入ったんだろうぜ。ケケケケケ」 「誰と喋ってるんだ?」  カイルが呟いた。 フリード一向はディアスを警戒し、各々の武器に手をかける。 「ブラザー?」 「ああ。いいぞ、アムドゥス」  ディアスの言葉を受けて、アムドゥスはその姿を見せた。 ディアスの欠損箇所を補ったまま。 背中の片側から真っ黒い3枚の羽が現れると、それぞれの羽に大きな瞳が現れる。 「ケケケケ、自己紹介がまだだったなぁ。俺様の名はアムドゥス様だ。覚えておきな! ケケケケケ!」  その声は部屋にいる全員に届いた。 「悪いな、【赤の勇者】フリード。お前の誠意、無駄にした」 「正気か? この状態で俺達に勝てるとでも?」  フリードの鋭い眼光がディアスを捉える。 「戦うつもりはない。勝ち目がないしな」 「はっ。じゃあどうする。逃げられるつもりか?」  エドガーは腰に下げた大きな手甲をはめ、拳を構える。  ディアスはエドガーを横目見ると、フリードに視線を戻して。 「誠意には応えられないが、せめて詫びを1つ」  ディアスは懐から透明な結晶の欠片を取り出すと、フリードに(ほう)った。 フリードはそれをキャッチすると、首をかしげる。 「おそらく赤蕀の魔王の魔宮進行にも関与する、新種の魔物のものだ。魔王の(いばら)に覆われてその痕跡が発見できるかは分からないから、せめてもの置き土産だ」 「置き土産ねぇ。だがどうやって逃げるつもりだ?」  フリードが()いた。  ディアスの正面にはフリード。 右にはエドガー。 左にはカイル、マール、エレオノーラが構えている。  囲まれたディアス。 その背には大きな窓があるが、フリードの抜剣(ばっけん)を阻む要素がない。 背中を向ければ抜くぞ、とフリードは目で訴えている。  ディアスはそれぞれに視線を向けた。 絶対絶命ともとれるこの状況下で、ディアスは落ち着いた声音で言う。 「今、俺のアムドゥス( 半 身 )はエミリアと契約している。そしてそれと同化している俺は────」  ディアスはにやりと笑って。 「一定以上の距離を離れられない」  フリードが剣の柄に手を伸ばそうと。 だがフリードが抜剣(ばっけん)を構えるより早く、ディアスの姿が忽然と消えた。 「『神秘を紐解く眼(アナライズ)』!」  カイルはすかさず目に意識を集中させ、部屋を見渡して。 「ダメです、フリードさん! 隠密や気配遮断の類いじゃない。実際に消えました!」 「ハハ、やられたな」  フリード鋭い歯牙を剥いて笑って。 だがその目には明らかな怒気が(にじ)んでいた。 視線だけで相手を射殺せるのではと思うほどの鋭い眼差し。 「強制転移の類いのように見えたの。あやつの言葉が正しければ今頃、魔人の嬢ちゃんのとこじゃろうな」  エレオノーラが言った。 「間に合うとは思いませんが、すぐに伝令を飛ばします」  カイルが言った。 「…………にしても、こいつ」  フリードはディアスが投げ渡した結晶を顔に近づけた。 その臭いを嗅ぐと再び首をかしげて。 他の仲間に聞き取れないような小さな声で呟く。 「やっぱりこの臭い、覚えがあるな。こりゃ確か」  フリードは舌打ちを漏らして。 「ギルドの最高議会員の奴らか」
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