#3 赤の勇者

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「けけ、それが理由なの?」 「そうよ。私がアーシュガルドの手伝いをするって決めた最後の後押しがこれ」 「……ありがと」 「どういたしまして。まぁ……助け出す前に即行捕まったけど」  スカーレットは苦笑を漏らして。 「もう会うつもりはないけど、それでももし出会えたら。その時は私が髪を整えて、素敵なお洋服を見繕ってもっと可愛くしてあげるわ────」  スカーレットはアーシュを横目見て続ける。 「2人とも」 「けけけ。そっか2人ともか」 「ええ。2人ともよ」 「それは楽しみだね」 「もし会ったらの話だけどね」 「……じゃ、ばいばい」  エミリアは手を振ると、ディアスを追って駆け出した。 「じゃ、おれも行くね。また会おうね!」  アーシュはスカーレットとシアンに言うとエミリアに続いて駆け出した。  スカーレットとシアンは遠ざかる2人の背中を見つめて。 「アーシュガルドくん!」  その背中が小さくなった頃にシアンが叫んだ。 「アーくん、呼ばれてるよ?」  エミリアがアーシュの方を振り返ると、涙をこらえて目をうるうるさせているアーシュの顔が。 「アーシュガルドくん!」  シアンが再度叫んだ。 「答えないの?」  エミリアは足を止めて。  エミリアが聞くとアーシュは首を左右に振った。 「今振り返ったら、泣いちゃいそう」 「て言ってる間に泣いてる。アーくん、ほんと泣き虫だね」  エミリアはアーシュの頬にこぼれ落ちた涙を見て、困ったように笑う。 「だってぇ、守衛のおじさん以外に優しくしてくれた人全然いないから。短い間だったけど2人と冒険できたの楽しかったんだもん」 「そっかそっか。じゃあ寂しくなるね。でも大丈夫。また会えるよ、きっと」  エミリアが背伸びをしてアーシュの頭を撫でた。 「じゃあ、このままいこっか」  エミリアが言うとアーシュはうなずいた。 2人はまた駆け出す。 「アーシュガルドくん────」 シアンはさらに叫ぶ。 「剣と荷物、忘れてるよっ!!」 「え」  アーシュは立ち止まると、パンパンと体をはたきながら剣と鞄、袋を持っていないことを確認した。 ()いでエミリアの方を見て。 「エミリア、お願い取ってきて」 「けけけけけ、涙の再会いってらっしゃーい」   エミリアがアーシュの背中を押した。 「うー」  アーシュは小さく唸って。 必死に涙をぬぐいながら駆け足で戻る。 「はいこれ────て、アーシュガルドくん泣いてるの?!」  シアンは泣き腫らしたアーシュの目を見て驚きを隠せない。  アーシュは鼻をすすりながら荷物を受け取った。 長剣を背中に背負い、腰に剣を差して。 小さな鞄と自身の腕が入った袋を肩にかける 「そんなに私達と別れるのが寂しかったの?」  スカーレットが()くとアーシュはぶんぶんと縦に首を振った。  スカーレットはため息を漏らすと立ち上がった。 アーシュの前へと歩いて。 「アーシュガルド、なにも今生(こんじょう)の別れってわけじゃないのよ。それに私達はこれからどんどん力をつけて活躍して名をあげるわ。ヴァイオレット姉弟(きょうだい)の名を世に知らしめる。だからあなたも頑張りなさい」  スカーレットは握り拳でアーシュの胸をとんと押した。 「そうしていずれ高難度魔宮の攻略でマッチングしてシアンが前衛、あなたが中衛、私が後衛でまた魔宮攻略をしましょ」  スカーレットはにこりと笑って。 「アーシュガルド、返事」 「うん!」  アーシュは大きくうなずいた。 「ほら、行きなさい。追い付けなくなるわよ」  スカーレットに促されてアーシュはディアス達を追って駆け出した。 「アーシュガルドくん、またね」  シアンが手を振った。 アーシュは肩越しに振り返ると、シアンに手を振り返す。  アーシュの姿が完全に見えなくなると、スカーレットはゆっくりと腰をおろした。 「全く、アーシュガルドってば子供なんだから」  スカーレットは頬杖をついた。 「まぁ、私達と別れるのが寂しいだなんて悪い気はしなかったけど」  スカーレットはディアス達の消えた獣道へと視線を向けて。 「永久魔宮攻略では酷い目にあったけど、みんなで力を出しきって頑張って。【赤の勇者】フリードの剣も見れたし、今も体調は最悪だけど、悪くない経験よね」  スカーレットはしばらくしてまた呟く。 「それにしても冒険者達はいつ頃戻ってくるかしら。私達で馬車を走らせちゃいましょうか。……あら?」  スカーレットはふと荷馬車の隅に光る結晶に気付いた。 「何かしら、これ」  スカーレットはその結晶を手に取った。 親指の先ほどの小さな結晶。 だがその結晶の中で光の筋が何度も反射を繰り返している。 「アーシュガルドの落とし物かしら。ねぇ、シアン」  スカーレットの呼び掛けにシアンは答えない。 「ちょっと愚弟、返事ぐらいさなさいよ」  スカーレットがシアンの方を振り向いた。  その眼前には────逆さまの、顔。 能面のような、顔があった。 そしてその底無しのような深い、深い、真っ黒な瞳がスカーレットを見つめていて。  スカーレットは飛び退()いた。 すかさずボウガンを手に取ると矢をつがえる。  能面のような顔をしたソレは、ギルドの制服を身に(まと)っていた。 背丈は180センチほどで体躯は普通。 ソレはギルドの紋章が刻まれたマントをはためかせ、目深(まぶか)に被ったフードからスカーレットを凝視していて。 無機質に透き通った結晶のような手で、シアンの顔を鷲掴みにしている。 「シアン!?」  スカーレットが叫んだ。 ()いで能面のような顔目掛けてボウガンを放つ。  放たれた矢は風切りと共に真っ黒な瞳に突き刺さった。 ソレは大きく上体をのけ反らせて。 だがすぐに体勢を戻すと、不気味な声でスカーレットに笑いかけた。 「アハッ────」
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