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髪を結わえた男は唐突に指令書を投げ捨てた。
同時に指令書が青い炎に包まれて瞬く間に灰へと変わって。
最後に宛名として記されていた『サイラス』の文字が燃え尽きる。
「隠蔽工作か。うわー、驚いた」
平坦な声音で髪を結わえた男──サイラスが言う。
「俺は別に君が討伐されようとされまいとあまり興味はないけれど、返すものは返してもらおうかな」
「で、フリードさん。指令書にはなんて?」
カイルは眼鏡の位置を直しながらフリードに訊いた。
「白の勇者の生死を問わぬ捕縛命令だとよ。それも密命扱いだ」
「密命ですか?」
カイルは首をかしげて。
「でも報告してまだ数日しか経ってないのに、ずいぶん早い対応ですね。ギルドの上層部も速やかに排除すべき脅威と判断したのでしょうか」
「まぁ、野放しにしとくには大きな脅威だってのは間違いないが」
「それ以上に勇者の称号持ちが魔人堕ちした事実が知れ渡る事を危惧しとるんじゃろうて」
エレオノーラが言った。
「はっ。知られたからなんだ? 冒険者の筆頭が魔人堕ちしたなんてギルドのイメージが悪くなるってか?」
エドガーは鼻で笑うと言った。
「それも関連しとる」
エレオノーラはつば広のとんがり帽子の陰からエドガーに視線を返して続ける。
「ギルド内部にはいくつもの派閥があり、そして名を連ねる6人の勇者はそれぞれの派閥によって選ばれておる。その1人が魔人堕ちしたなどと知られれば、今はまだかろうじて保っていた派閥のバランスが崩れるじゃろうて」
「つまりこの指令はギルド内部での争いや分裂を良しとしない上層部からの指令というわけですね。そう考えると密命扱いというのも納得です」
カイルが呟いた。
「ちなみにこの指令は俺達にだけ出てるもんじゃない」
フリードは鋭い歯牙を剥き出して笑うと指令書を仲間に見せる。
「俺だけじゃなく、他の勇者全員にも同じ指令が出されてる」
「勇者全員に?!」
カイルが驚きの声を漏らした。
「まー、とってもぉすごいわー」
マールがふわふわとした声音で言った。
その時、フリードの持つ指令書が発火した。
フリードは燃え上がる指令書を投げ捨てる。
フリードは塵となって消えていく指令書を、その鋭い眼光で睨んで。
「だが森の永久魔宮と赤蕀の魔王の魔宮の調査を即刻打ち切って捕縛に向かわれたし、てのは納得がいかんな」
「調査は上からの依頼だったのに、すぐさま上から調査の一時差し止めがきましたからね」
カイルが言った。
「そしてそのまま打ち切りだ。はっ。好き勝手振り回されていい迷惑だぜ」
エドガーは腕を組むと苛立たしげに言った。
「何か裏があるように思えてならんのう」
エレオノーラが言うとフリードはポケットから結晶の欠片を取り出した。
ディアスから渡された結晶の欠片。
その欠片に視線を落とす。
「白の勇者から渡された結晶ですね。でもフリードさん、この結晶について報告しなくて良かったんですか」
カイルの問いにフリードがうなずいて。
「ああ。少なくとも今はな」
フリードは結晶をポケットにしまった。
次いでカイル、エドガー、エレオノーラ、マールに視線を向けて。
「……よし! 撤収の準備を。俺達はこれより白の勇者の捕縛に向かう」
フリードの言葉に4人はうなずいた。
「次は逃がさねぇぞ、白の勇者」
フリードが歯牙を剥き出して笑う。
「…………」
青年は伝書の鳥から受け取った指令を投げ捨てた。
中身の確認もされないまま指令書が草原に落ちる。
ウェーブがかった水色の髪の青年。
白く透き通る肌に細身の体躯をした青年はシャツと上着を着崩して肩を大きく露出させていて。
青い上着の大きな袖が膝辺りにまで垂れ下がっている。
その腰には2本の短剣。
水色の髪の青年は半眼で遠ざかる伝書の鳥を眺めていた。
「シオンさん、ギルドからの指令っスか!」
短髪の活発そうな少女が水色の髪の青年に駆け寄って。
「て、シオンさん! 指令書読まないで捨てちゃってるじゃないスか!」
短髪の少女は投げ捨てられた指令書を拾い上げる。
「もー、シオンさん。ちゃんと読まないとダメっス!」
「興味ない」
水色の髪の青年──シオンが答えた。
「もー、ダメっスよ! シオンさんずっとギルドの指令無視してるじゃないスか。このままだと青の勇者の称号剥奪されちゃいますっスよ」
「それも興味ない」
「もー!」
「あとうるさい」
シオンは少女を一瞥した。
暗い瞳が少女をねめつけて。
その視線を避けるように指令書を見る少女。
次いで少女は指令書の封を切る。
「…………なになに、今回のは捕縛依頼っスね」
少女は拾い上げた指令書に目を通して。
「……しかも凄いっスよ、これ! シオンさん、この依頼何が凄いと思いますっス? ヒントはシオンさんにも関係ありますっスよ!」
「へー、そう。凄い凄い」
「ちょっとー、もっと興味示してくださいっス」
「無理」
シオンは気だるげに少女を見て。
「そんなに興味あるなら、お前がその任務やっといて」
シオンはそう言うと少女を置いて歩き始めた。
「えー?! そんなー!」
少女は指令書を持ったままシオンのあとを追う。
「そうだ。その指令書、顔を近づけてよく見てなよ」
シオンが言った。
「え、こうっスか?」
少女は言われたまま指令書に顔を近づけてまじまじと見つめる。
その時、指令書から青い炎が上がって。
「うわっ!」
少女は驚くと指令書を投げ捨てた。
「ちょっと、シオンさん!」
少女は頬を膨らませてシオンを睨む。
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