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「お前がうるさいからだよ」
シオンは少女に目も向けずに言った。
ずんずんと1人で先へと進む。
「ひどいっス! 不満っス! ウチはただ、シオンさんのサポートとして出来る限りの事をやろうとしてるだけなのにっス!」
少女は歩幅の違うシオンに追い付こうと急ぎ足でシオンのあとを追う。
「いらないよ。シオンは1人が好きなんだ。特にお前みたいなうるさいだけの子供はシオン嫌いだ」
「しょぼー……んっス。でもめげないっス。頑張るっス」
少女は息を弾ませながらもシオンの隣に並んだ。
必死に腕を大きく振って両足を前へと繰り出す。
「で、さっきの指令の話っスけど」
「興味ないって。お前がやれよ。前任者はシオンがやっとけって言ったらやったよ。まぁ、結局失敗して死んだけど」
シオンはそう言うと腹を抱えて笑い始めた。
「あいつ、お前のねぇちゃんだっけ? シオン、最期の瞬間見てたけど酷かったよ。生きたまま魔物に手足の先からむしゃむしゃと喰われるの。面白かったなー」
シオンはなおも、けたけたと笑う。
「…………そういう嘘はウチ、嫌いっスよ。シオンさんはその時、現場にいなかったのは知ってるっス」
「チッ……あっそ。やっぱりお前はつまらないな。シオン、お前が嫌いだ」
シオンは見るからに不機嫌になって。
苛立たしげに足を踏み鳴らしながら先へと進む。
「でもシオンさん、姉ちを置いて逃げた冒険者達のこと半殺しにしたっスよね」
「それがなに」
「姉ちの墓に、姉ちの好きだった花を備えてくれたのシオンさんっスよね」
「興味ないから知らない」
「A難度の永久魔宮でだけ手に入る希少な花っスよ」
「知らない」
少女は肩をすくめるとシオンの手を取った。
少女に握られた手を見て露骨に嫌そうな顔をするシオン。
少女はそんなシオンに笑いかけて。
「とにかく、指令はやってもらうっス。今回はなんと捕縛対象が魔人堕ちした元勇者! しかも他の勇者全員に同じ指令が来てるっス! めっちゃ凄いっス!!」
「それ、シオンがわざわざやらなくても良くない」
「えー。ダメっス! やるっスよ、シオンさん」
少女がシオンの手を引く。
「あと汚い」
シオンは自身の手を引っ張る少女の手を見て言った。
少女はシオンの目線をたどって。
「え、ウチの手汚くないっスよ」
「用を足したあと手を洗わなかったろ。シオン見てた」
「えー、見てたんスか?! シオンさん変態」
シオンはおもいっきり腕を振ると少女の手を振りほどいて。
「シオンを変態扱いするな」
シオンが少女を睨む。
「そもそも木陰で用を足したのに手なんて洗えないっスよ。あと、おしっこだったから汚くないっス。一部の界隈の紳士にはむしろ……ご褒美っスよ?」
「…………」
シオンは氷のように冷たい視線を少女に向けた。
ひどく軽蔑するような目で少女を見る。
「うわーん、冗談っスよ! そんな目で見ないで欲しいっス!」
シオンは無言のまま少女に背を向けた。
次いでぼそぼそと呟く。
「あれがホントにあいつの妹か? シオン、後悔してるぞ」
「え、なんて言ったっスか? シオンさん」
シオンは少女の問いに答えず、そのまま歩き出した。
「ちょっとー。待って欲しいっスー」
少女は慌ててまたシオンのあとを追った。
「ふーむ。この依頼、どう思われますか?」
男が訊いた。
その男は深緑色の髪と琥珀色の瞳を持ち、金縁の片眼鏡をしていた。
男は深緑色のマントを羽織り、その手に握るのは一見すると長い柄の荘厳な杖。
大きな宝珠を先端に備え、その周囲を黒と金の装飾が彩っている。
だがよくよく見ればそれは逆手に持った細身の長剣で。
刃に施された斬擊には不向きにも思える華美な彫刻が、一目にはそれが抜き身の剣身だとは思わせなかった。
「ボクにわざわざ確認しにきた時点で分かってるんだろ」
どこからともなく少年の声が響いてきた。
そこは薄暗く広大な書庫の中。
床も壁も、天井も全てが本棚で覆われ、本と本の隙間から漏れ出る光が周囲を仄かに照らしていた。
辺り一帯には古紙と埃の臭いが立ち込めている。
「ええ。7年前の『鍵』が消えタイミングと時を同じくして失踪した白の勇者の捕縛命令。それも影の議会からの指令となれば」
「間違いないだろうね。『始まりの迷宮』へのアクセス権を持った原初の魔物の一欠片、それを伴っているんだ」
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