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「他の勇者達よりも早く接触しなければなりません」
男の声が書庫に響いた。
男は姿の見せない相手に向かって続ける。
「白の勇者の位置を知りたい。あなたの弟子達の中にその位置を把握している者はいませんか」
「残念だけどボクの方に情報は入ってないや。馬鹿な手駒の1人は結構前にその勇者の魔人堕ちともう1人の魔人と接触してたらしいけどね。ボクに報告を入れる前に逃がしたとか」
少年のため息が聞こえてくる。
「ではあなたの弟子を幾人かお借りできますか。影の議会の息のかかっていない冒険者でパーティーを組みたいと思いまして」
「却下。ボクの手駒達はボクの計画の遂行のために各地に散っている。計画の進行に支障をきたすのは御免だし、君の能力を活かせるような高ステータスの人間はボクの手駒にはいないよ」
「そうですか。では私個人からパーティーを募りましょう」
「そうしなよ。にしても独りで戦えないってのは本当に不便だね、【緑の勇者】ギルベルト」
深緑色の髪の男──ギルベルトは穏和な笑みを浮かべて。
「これが私の戦い方ですので。仲間の力を結集し、個の力では勝る事のできない難敵を撃破する。一騎当千の勇者ではなくとも、これもまた勇者の在り方なのだと私は自身の力を誇っていますよ」
「最弱にして最強の勇者だっけ」
「そんな呼ばれ方もしてますね」
「イヒヒ。ちなみにボクを倒そうと思ったら仲間はどれだけ必要なんだい」
少年の問いかけにギルベルトは考えて。
「おおよその人数は計算しましたが」
「うんうん、それで」
「でもお答えできません。いずれは討伐しなければならない相手ですので」
にこりとギルベルトが微笑む。
「ふーん。ギルベルトはボクの事をそんな風に思っていたのか。君とは良い話相手になれたと思ってたんだけどな」
「話し相手が欲しいならここを出てみては? あなたの力ならこの魔宮を囲む魔人封じくらい、中から破壊できるでしょう」
「やだよ、めんどくさい。ボクは日光が嫌いなんだ。騒がしいのも人が群れて蠢いている様を見るのも、考えただけでめまいがしてくる。ボクは肉質に文句は言わないけど、精肉されてない人間を目の前にしても食欲が失せるの。外に出たら誰が人間を解体して皿に盛り付けてくれるのさ」
「幼い子供や美しい女性──喰らう対象にこだわりを持つ魔人は多くいますが、精肉になっているかどうかにこだわる魔人はあなた1人でしょうね」
ギルベルトは乾いた笑いを漏らして。
「……さて、それでは私は失礼します」
「待てよ。今日はまだ旅の話を聞いてないぞ」
少年の声に引き留められ、ギルベルトは肩をすくめた。
「100年以上この書庫の魔宮に閉じ籠りっきりで退屈してるのは理解できますが、あなたは私が旅の土産話をしても半分も話を聞いてないでしょう」
「それは仕方ない。ボクは研究で忙しいからな」
「同じように私も忙しいのです」
ギルベルトは笑顔で言うと魔宮をあとにする。
その青年は相対する魔人の肩に剣を振り下ろした。
振り下ろされた刃が魔人を地面に縫い付けて。
青年は痛みに絶叫する魔人の首筋を喰いちぎる。
喰いちぎった肉をむしゃむしゃと咀嚼する青年を魔人は見上げた。
その赤の瞳に視線を返し、青年は血で真っ赤に染まった口許を歪める。
「何故だ! 何故魔人の肉を口にして平気でいられる?! 魔人同士ですら血反吐を吐いて死ぬような猛毒の肉だぞ!!」
魔人が叫んだ。
その全身には噛みちぎられた痕が無数に存在している。
青年は剣の柄を握ると剣をより深く魔人に突き立てた。
その青年の髪は根本から毛先にかけて白から黒のグラデーションになっていて。
その目は異常なまでに血走って白目の部分が真っ赤に染まり、その中心に青い瞳が仄かに光を発しながら浮かんでいた。
その青年が纏うのは黒い革のロングコート。
そこから覗く手や首筋はどす黒く染まり、皮膚が所々ひび割れて稲光のような赤い線が走っている。
その時、周囲の魔宮が突然消え去った。
青年が視線を下ろすと魔人が言う。
「頼む! 命だけは、命だけは……! 魔宮は解除した。今は魔人飼いなんてのもあるんだろ。役に立ってみせる! だから、だから……!」
魔人は泣きながらに訴えた。
青年はその顔を半眼で見下ろす。
その時、青年に向かって羽ばたく1羽の鳥。
伝書の鳥は青年に指令を渡すと、すぐさま空の彼方へと消えていった。
青年は魔人を貫いている剣にもたれると、指令の封を解いて中を確認する。
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