#■ 討伐依頼

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「他の勇者達よりも早く接触しなければなりません」  男の声が書庫に響いた。 男は姿の見せない相手に向かって続ける。 「白の勇者の位置を知りたい。あなたの弟子達の中にその位置を把握している者はいませんか」 「残念だけどボクの方に情報は入ってないや。馬鹿な手駒の1人は結構前にその勇者の魔人堕ちともう1人の魔人と接触してたらしいけどね。ボクに報告を入れる前に逃がしたとか」  少年のため息が聞こえてくる。 「ではあなたの弟子を幾人(いくにん)かお借りできますか。影の議会の息のかかっていない冒険者でパーティーを組みたいと思いまして」 「却下。ボクの手駒達はボクの計画の遂行のために各地に散っている。計画の進行に支障をきたすのは御免だし、君の能力を活かせるような高ステータスの人間はボクの手駒にはいないよ」 「そうですか。では私個人からパーティーを(つの)りましょう」 「そうしなよ。にしても独りで戦えないってのは本当に不便だね、【緑の勇者】ギルベルト」  深緑色の髪の男──ギルベルトは穏和な笑みを浮かべて。 「これが私の戦い方ですので。仲間の力を結集し、個の力では勝る事のできない難敵を撃破する。一騎当千の勇者ではなくとも、これもまた勇者の在り方なのだと私は自身の力を誇っていますよ」 「最弱にして最強の勇者だっけ」 「そんな呼ばれ方もしてますね」 「イヒヒ。ちなみにボクを倒そうと思ったら仲間はどれだけ必要なんだい」  少年の問いかけにギルベルトは考えて。 「おおよその人数は計算しましたが」 「うんうん、それで」 「でもお答えできません。いずれは討伐しなければならない相手ですので」  にこりとギルベルトが微笑む。 「ふーん。ギルベルトはボクの事をそんな風に思っていたのか。君とは良い話相手になれたと思ってたんだけどな」 「話し相手が欲しいならここを出てみては? あなたの力ならこの魔宮を囲む魔人封じくらい、中から破壊できるでしょう」 「やだよ、めんどくさい。ボクは日光が嫌いなんだ。騒がしいのも人が群れて(うごめ)いている様を見るのも、考えただけでめまいがしてくる。ボクは肉質に文句は言わないけど、精肉されてない人間を目の前にしても食欲が失せるの。外に出たら誰が人間を解体して皿に盛り付けてくれるのさ」 「幼い子供や美しい女性──喰らう対象にこだわりを持つ魔人は多くいますが、精肉になっているかどうかにこだわる魔人はあなた1人でしょうね」  ギルベルトは乾いた笑いを漏らして。 「……さて、それでは私は失礼します」 「待てよ。今日はまだ旅の話を聞いてないぞ」  少年の声に引き留められ、ギルベルトは肩をすくめた。 「100年以上この書庫の魔宮に閉じ(こも)りっきりで退屈してるのは理解できますが、あなたは私が旅の土産話をしても半分も話を聞いてないでしょう」 「それは仕方ない。ボクは研究で忙しいからな」 「同じように私も忙しいのです」  ギルベルトは笑顔で言うと魔宮をあとにする。  その青年は相対する魔人の肩に剣を振り下ろした。 振り下ろされた刃が魔人を地面に縫い付けて。 青年は痛みに絶叫する魔人の首筋を喰いちぎる。  喰いちぎった肉をむしゃむしゃと咀嚼(そしゃく)する青年を魔人は見上げた。 その赤の瞳に視線を返し、青年は血で真っ赤に染まった口許(くちもと)を歪める。 「何故だ! 何故魔人の肉を口にして平気でいられる?! 魔人同士ですら血反吐(ちへど)を吐いて死ぬような猛毒の肉だぞ!!」  魔人が叫んだ。 その全身には噛みちぎられた(あと)が無数に存在している。  青年は剣の柄を握ると剣をより深く魔人に突き立てた。  その青年の髪は根本から毛先にかけて白から黒のグラデーションになっていて。 その目は異常なまでに血走って白目の部分が真っ赤に染まり、その中心に青い瞳が仄かに光を発しながら浮かんでいた。 その青年が(まと)うのは黒い革のロングコート。 そこから覗く手や首筋はどす黒く染まり、皮膚が所々ひび割れて稲光のような赤い線が走っている。  その時、周囲の魔宮が突然消え去った。 青年が視線を下ろすと魔人が言う。 「頼む! 命だけは、命だけは……! 魔宮は解除した。今は魔人飼いなんてのもあるんだろ。役に立ってみせる! だから、だから……!」  魔人は泣きながらに訴えた。  青年はその顔を半眼で見下ろす。  その時、青年に向かって羽ばたく1羽の鳥。 伝書の鳥は青年に指令を渡すと、すぐさま空の彼方へと消えていった。  青年は魔人を貫いている剣にもたれると、指令の封を解いて中を確認する。
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