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「独学なんだ。それで人を治せるって凄い人なんだね」
アーシュが言った。
「まぁ、他にそういった治療を行える医者は聞かないからな。傷口を縫い合わせたり、焼いたり、凍らせたり、石にしたりと塞ぐやつはいる。だが切り開いて治すなんて治療の仕方はあの医者だけだろうさ。さらに今では魔物の身体を切り開いて魔物の身体の作りを研究してるとか」
「案外治療が終わったらアーくんの左腕が魔物の腕になってたりしてね。けけけけ」
「えー……でも、ちょっとかっこいいかも」
最初は顔をしかめたアーシュだが、すぐにその瞳がキラキラと輝いた。
「魔物の亡骸を利用して武装する冒険者はいるが、魔物の身体と血を通わせるのは自殺行為だ。中毒で死ぬぞ」
「そっか。そういえばスカーレットねぇちゃんは治療できたのかな」
「魔物の肉にある毒気を口にしたらそれを身体から抜くのに長い時間が必要だ。街に着いてから治療をすぐ受けられたとしても、今はまだ治療の最中だと思う」
「また会えるかなぁ」
「大丈夫。きっとまたそのうち会えるよ」
エミリアが言った。
「けけ、楽しみだね!」
次いでアーシュの顔を見て、にまにまと笑う。
「……? うん」
アーシュはエミリアの浮かべた笑みに首をかしげたが、素直にうなずいた。
「もうそろ寝よう。アーシュは特に治療で体力を使うだろうしな」
ディアスが言った。
「はーい。じゃ、おやすみ。ディアス、アムドゥス、アーくん」
エミリアはそう言うとディアスとアーシュにもたれかかる。
「うん、おやすみ」
アーシュは自分の膝を抱き寄せると、膝の上に顔を乗せた。
ディアスは2人を見下ろして。
次いでアムドゥスを横目見た。
「ケケケ、見張りは任せときな」
「ああ、頼んだ」
ディアスもまぶたを閉じると眠りにつく。
ディアス達は洞窟を出た。
空は相変わらず巨大な竜の魔物の陰になって見渡す限り真っ黒で。
空からは轟くような竜の咆哮がこだましている。
「この辺からは目を隠していくぞ。周囲が暗いから光る瞳は目につきやすい」
ディアスはそう言うとフードを目深に被った。
アムドゥスがそのフードの中に身を潜める。
「わかった」
ディアスに言われてエミリアも頭巾を目深に被る。
ディアス達は悪路を進み、ついに街の入口に差し掛かった。
その街は一帯をぐるりと城壁に囲まれ、城壁の上には一定間隔で大きな弩弓が据え付けられていた。
煌々と灯を灯す塔が城壁の内側にいくつも建ち並び、空と城壁の周囲を照らしている。
城壁の上を衛兵が巡回し、ランタンの明かりに気付いていた衛兵の何人かがディアス達を警戒していた。
矢じりに明々と燃える炎を灯した弩弓がディアス達に向けられている。
「旅の者か」
街の入口を固めていた衛兵の中から数人が前に出てディアス達を取り囲んだ。
銀色の鎖かたびらの上から白と赤の鎧を着込んだ衛兵達は片手に盾を構え、もう一方の手は剣の柄を握っている。
「冒険者だ」
ディアスが衛兵に答えた。
「目的は」
衛兵が問う。
「治療だ。この街にいる医者に用がある」
ディアスはアーシュを前に立たせた。
衛兵はアーシュの左腕を見る。
「なるほど。……身分の証明などは」
ディアスは懐からギルドバッジを取り出した。
そのバッジの色を見た衛兵達は目配せして。
次いで剣の柄から手を離す。
衛兵の一人が城壁の上の仲間に向けて手を上げると、ディアス達に向けられていた弩弓がその向きを変えた。
「どうぞお通りください。また我が国は城郭都市になっていまして、いささか複雑な作りになっておりますが案内などは」
「いや、必要ない。過去に任務で訪れた事がある」
「分かりました」
衛兵達はディアス達に道を開けた。
ディアス達は都市の中へと入る。
都市の中は家屋と城壁とが一体になっており、それが幾重にも中心にある城を囲んでいた。
一定間隔で立ち並ぶ街灯が周囲を照らしている。
「すごい。外はあんなに真っ暗だったのに、街の中は明るいんだね」
アーシュが周囲を見回して言った。
「魔宮生成物の火には見えないけど、あの明かりって何が燃えてるの?」
エミリアが訊いた。
「あれは可燃性のガスが燃えているらしい」
ディアスが答えた。
ディアスは記憶を頼りに街を進んでいった。
その後ろにエミリアとアーシュが続く。
ディアス達は城壁をさらに2つ越えて街の中心部に向かい、街の中を走る川を数回渡って。
道が上下左右に複雑に絡み合っている様はまるで迷路のようで、数回ディアスは道を間違えつつもようやく目的の医者のもとへとたどり着く。
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