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ディアス達は扉を抜けて建物の中へ。
石造りの建物の中はアルコールと煙草の臭い、それに紛れてわずかな異臭が充満していた。
入口の側にはカウンターがあり、白衣の女性が立っている。
「治療を頼みたいんだが」
ディアスが声をかけると女性が振り返った。
「ドクターはただいま御予約の患者様の処置中になります。お待ちいただくことになりますがよろしいですか?」
「どれくらいかかるだろうか。それによっては改めて訪ねるが」
その時、奥の扉が勢いよく開け放たれて。
「なんじゃ、患者か?」
扉の先から現れた老人はディアス達を見ると笑みを浮かべた。
その老人は汚い白衣を羽織り、口にタバコを咥えていて。
ヤニで灰色に染まった歯は所々抜け落ちている。
「はい、ドクター」
カウンターに立っていた女性が言った。
「切断された腕を繋ぎ直してもらいたい」
ディアスが言うとドクターと呼ばれた老人はディアス、エミリア、アーシュを順番に見て。
「んで、誰に腕をくっつけてほしいんじゃ」
「おれです」
アーシュが答えた。
「切断された腕は」
ドクターが訊いた。
アーシュは背負っていた袋を下ろすと、中から結晶に覆われた自身の左腕を取り出す。
「ほほう。なかなか面白い事になっとるな」
ドクターはアーシュから腕を受け取ると結晶をまじまじと見つめて。
「お前さん方、地下に潜ったのか」
「地下?」
ディアスが聞き返した。
「いや、なんでもないわい。気にせんでくれ」
ドクターはそう言うと、とんとんと指先でタバコの灰を落とした。
次いでタバコを咥え直すとアーシュに視線を向ける。
「さてと、それじゃあ楽しい治療の始まりじゃ」
ドクターはアーシュの腕を引いて、奥の扉へと向かっていく。
「ええ!? そんないきなり?! まだ心の準備が!」
アーシュは不安げな眼差しをディアスとエミリアに向けた。
「あー……アーくん、ファイト!」
エミリアが言った。
「心の準備などいらん。ファイトする必要もない。お前さんはただ横になっとるだけでいいんじゃからの。ヒッヒッヒッ」
ドクターは不気味に笑うとアーシュを連れて扉の奥へ。
扉の先の部屋にはさらに右手に扉、左手に下へと続く階段があった。
ドクターは右手の扉へと向かっていく。
その扉の先からは鼻の曲がりそうな異臭が漏れていた。
その臭いにアーシュは思わず顔をしかめる。
「あー、臭うか。すまんな、一応処置を終える度に流してはいるんじゃが。なに、お前さんもすぐに分かる」
ドクターは壁にかけられたハンガーを手に取るとアーシュに差し出した。
「上に着てるもんはこいつに全部掛けとくれ。靴も脱いで。ズボンは脱がなくてもいいが、脱いどくのがオススメじゃの」
アーシュは怪訝な顔でドクターを見た。
だがすぐに外套を脱ぐとハンガーにかける。
ドクターはハンガーを受け取ると壁にかけた。
その隣には黒の革のコートがかけられている。
アーシュは靴を脱ぐと壁際に並べて置いた。
「ズボンはそのままでええんか」
ドクターが訊くとアーシュはこくこくとうなずく。
アーシュはドクターのあとに続いて部屋に入った。
無機質な部屋の中央には大きな石造りの台座が1つ。
台座には革の分厚いベルトがいくつも取り付けられている。
「その上に横になっとくれ」
ドクターに促され、アーシュは台座の上に横になった。
ドクターは横になったアーシュをベルトで固定していく。
「ほれ、これを噛んどけ」
ドクターは猿ぐつわを取り出すと、アーシュの口にはめる。
困惑するアーシュを横に、ドクターはアーシュの左腕を覆う結晶を工具で砕き始めた。
腕本体を傷つけないよう細心の注意を払いつつ、手際よく作業を進める。
「……なかなかの手際じゃろう。魔物の甲殻を砕いたり、幾重にも重なった鱗を取り払ったりして中身を取り出すのと大差なかったわい」
ドクターは台座の上にアーシュの左腕を置いた。
鼻歌を歌いながらアーシュの左腕に巻かれた包帯を解いていく。
「フンフンフーン」
ドクターは小さなナイフを取り出した。
そのナイフをおもむろにアーシュの左腕の切断面に突き立てる。
「────!」
アーシュは痛みに顔を歪めて。
猿ぐつわ越しにくぐもった叫び声をあげる。
「フフンフンフーン」
ドクターは気にする風でもなく作業を進めて。
アーシュの腕の断面に次々と刃を入れた。
そこからだらだらと流れ出る真っ赤な血。
アーシュはその痛みに足をばたつかせて悶える。
「さて」
ドクターはポーションの入った小瓶を取り出すと、そこに刃を浸した。
その刃で傷をなぞると、その部位だけがわずかに肉が盛り上がって出血か止まる。
するとまたドクターは刃を深々と刺した。
アーシュの足の指がぎゅっと締まって。
そしてドクターが刃を滑らせるとその指が大きく開く。
「────っ!!」
アーシュがうめき声を漏らした。
痛みに涙をぼろぼろとこぼすアーシュの顔を。
次いで視線を下ろし、それを横目見てドクターが言う。
「気にせんでええぞ。大の大人でもそうなる。わしの施術には影響ないから好きなだけ垂れ流してもらって構わん」
ドクターはヤニにまみれた歯を剥き出して笑うと、楽しそうにまたアーシュの腕に刃を入れていく。
「────相変わらず悪趣味だな」
男の声が部屋の入口から響いてきた。
「その悪趣味な男にいつも世話になっとるのは誰じゃろうな」
ドクターは男に視線を向けずに言った。
アーシュは声のした方を横目見た。
涙で霞む視界の先には、白と黒の髪をした青年が立っていて。
青年の目は白目が真っ赤に染まり、青い瞳は発光してるように見える。
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