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俺は眠っている犬の頭を撫でるとベッドから起き上がる。爺さんが隠居してから一週間、セルシウスは宣言どおり山小屋に居るだけだった。
名ばかりの牧羊犬であるが、山の夜は冷えこむからと隣で寝てくれる。偉そうだし得体は知れないが、たぶん悪いやつではない。恩義があるからと羊飼いの爺さんを手伝っていたくらいなのだから。
「さぁて、と」
朝の仕事は水汲みからだ。山頂付近の万年雪がとけてつくった小川へ水を汲みにいくのが日課である。
左腕を失ったときはどうなることかと思ったが、なければないなりの生活はできる。服も着れるし料理(というにはお粗末だが)も作れる。
羊飼いの仕事だって問題ない。放牧に付き合わないセルシウスとは違い、ケルビンは正真正銘の牧羊犬で、羊たちと寝起きを共にし、彼らを家族として守ってくれる。
俺にできることは剣の代わりに羊飼いの杖を振り回すことだけなので、ケルビンの存在は心強い限りだった。
水を汲み、桶を杖に引っ掛けて、山小屋へ戻る。白んでいく空には雲ひとつない。
◇◇◇
クーリエのモルが食糧を運んできたのはその日の午後だった。
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