1 | 片腕の羊飼い - ベルスタ

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「ケルビンの家族は羊たちだけど、セルシウスにはオンス爺が家族だったってこと」 「うーん」  物言わぬ犬であれば納得したかもしれないが、相手は偉そうな口ぶりのセルシウスなのだ。恩義があるという爺さんさえオンスと呼び捨てにする犬なのだ。 「一緒に遊ぶとか」 「なにをして?」 「愛情たっぷり可愛がってあげるとか」 「…俺にできると思ってるのか」  なにを想像したのか、モルが笑い出す。 「ばかにしてるんだな」 「違う違う、ごめん。でも冗談じゃなくて、ベルスタなりの精一杯で新しい家族だぞって教えてあげたらいいんだよ」  孤児院育ちの俺にとって、それは何よりの難題だ。 「犬に伝わるもんか」  モルが茶を飲んでいる間に来週の注文リストを書き出す。リストにはもちろん新聞を加えた。     ◇◇◇ 「おもしろい記事はあったか?」  モルが帰ってからしばらくしてセルシウスは戻ってきた。俺はかまどに立ち、豚の塩漬けと芋とミルポアでスープをつくっていた。  セルシウスはくわえていた新聞を差し出した俺の手に預けて、「ああ、おもしろすぎて腹が立つよ」と言った。
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