第6話『庭』『天井』『愛してる』

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第6話『庭』『天井』『愛してる』

「阿仁鍬君のおうちはいったいどこなのですか?」 「ここだ」  辺り一面、草木しか見えない場所で、幸子と阿仁鍬は立ち尽くしていた。  建物など何もなく、景観は森そのものだ。 「ここ? まさかご家族で野営でもされてるのですか?」 「馬鹿か! 貴様が庭を見たいと言うから連れてきてやったのだろうが!」  阿仁鍬が庭と言うからには、どうやら阿仁鍬家の敷地内のようだ。  だが幸子はまだ納得がいかない様子だ。 「確かに(それ)が見たいとお願いしましたけど……、私はてっきり阿仁鍬君のおうちが見れるのかと思っていました」 「もちろん屋敷だって建っているとも。ただし建物はここからさらに五キロ先だ。貴様が庭と言うからここで止まったのだ」  幸子は今回、お題である『庭』という単語は阿仁鍬にメモに書いて知らせている。  口に出してはいけないというルールの裏をかいての行動だが、他者に知らせる、という点において完全にセーフだと言えなかった所を、命を懸けて試していた。 (ピンポン!) 「あ、クリア出来たみたいです。ここが()だと認識されたのですね」    クリアした後の、お題の発言がセーフなのは確認済みだ。 「もう済んだか? では戻るぞ」 「阿仁鍬君の豪邸が見たかったです」 「僕の豪邸じゃない」と言いながらバイクに跨る阿仁鍬。 「ちょっと残念ですけど、ご両親に挨拶するのはまた今度と言う事で……」 「貴様はうちの親に会うつもりだったのか? 馬鹿め、そもそもアポを取るのも困難な上に何かの伝手(つて)でアポが取れたとしても、その後の身辺調査諸々の審査で実際に会えるのは何ヶ月も後だ」 「えええ、阿仁鍬君はその伝手になるのじゃないのですか?」 「なんで僕が貴様を親に紹介しなければならんのだ。無意味だ」  けんもほろろな阿仁鍬の後ろ――バイクのタンデムシートに跨り、幸子は「いけず……」と小さく呟いた。  それが聞こえた阿仁鍬は―― 「というか、両親とも家に居ないし国内にも居ないわ」    ――幸子を見ずに答えると、バイクを発進させた。 ◇ 「さて、次のお題なのですが……」  阿仁鍬と共に体育館脇の倉庫へと戻った幸子は、すっとメモを差し出した。 「……貴様、随分と楽をするようになったものだな」 「死なないと分かったので、効率よく行けたらいいなと思います」  メモを一瞥(いちべつ)した阿仁鍬は、「僕が手伝う事が前提かよ」と、眉間に皺を寄せる。 「そのお題の解決策は何か思いつきませんか? 阿仁鍬君」 「そうだな……上るか、壊すか……おい、ちょっと待て」  部屋の片隅にあったバールを持ちだした幸子を見て、あわてて止めに入る阿仁鍬。  だが二次元ではない、現実(リアル)の女性に耐性の無い阿仁鍬は、幸子に触れる事は出来ない。 「貴様、この部屋の天井を壊すつもりか? もうちょっと考え――あ、馬鹿止めろ!」  阿仁鍬の言う事も聞かず、三脚さえも持ちだした幸子はそれに昇り、天井のパネルの角にバールを引っかけた。 「この雌豚が! くそっ」  すぐにスマートフォンを手に取り、どこかへ連絡を取ろうとする阿仁鍬。  幸子は既に天井のパネル一枚を外してしまっていた。    倉庫とはいえ阿仁鍬が快適に過ごすため、改装済みの室内だ。  天井も通常よりは低くなっており、三脚に乗った百七十センチの身長の幸子は楽々とそのパネルに手が届く。  三枚目のパネルを外した所でクリア音が鳴った。 (ピンポン!) 「無事クリア出来ましたけど、パネル三枚の意味が分かりませんね」 「貴様! その外したパネルをどうするつもりだ!?」  天井のパネルを外したまま三脚を降りた幸子は、悪びれもせずに答えた。 「無理矢理外したので、付け方もわかりません。どうしましょう」 「そんな事だろうと思ったわ! この雌豚が!」  スマートフォンを顔に近づけ、声を大にして通話先の自宅の執事に叫ぶ阿仁鍬。 「今すぐうちの専属業者を僕の部室によこしてくれ! 馬鹿が天井を破壊した!」 ◇  一時間と待たずに阿仁鍬家の専属業者が駆けつけ、天井を直していったその数時間後。  幸子は阿仁鍬をとある公園へと連れ出していた。 「以前にも言ったと思いますが、ここは私の姉が変死した場所です」 「……うむ」  日も暮れて辺りはすでに暗くなり、ベンチに腰掛ける二人を公園の灯りが朧に照らしている。 「公園の照明って街灯と呼ぶのでしょうか」  なんとなくという感じで呟く幸子。 「開かれた広場ならば街灯だ。閉ざされた空間の公園ならばそれはただの照明だ」  博識な阿仁鍬はすぐに答える。 「さすがですねぇ、阿仁鍬君は。いつも惚れ惚れしてしまいます」 「ところで最後のお題はまだ聞いていないが、ここにあるのか?」  三つ目のお題に関してはまだ、阿仁鍬は知らされていない。 「いやあ、()()をするのに、適切な場所が思い浮かばなかったのですよ。……私、そんな経験もなくて」 「なんの事だ?」  少し間を置き、幸子は静かに語りだす。 「もしかしたら、今から試す事が私の命取りになるかも……しれません。そうなったら阿仁鍬君には申し訳ないのですが……私の最期を見届けてもらう事に……なってしまいます」 「貴様、メモでお題を知らせる時もそんな事を言っていたな。いったい何度僕の目の前で死ぬつもりなのだ。死ぬのは勝手だが僕の目の前でというのは(いささ)か……いや、(まった)くもって迷惑以外の何ものでもないのだが」  幸子は困った顔で小さく笑うと、「そうなのですが……」と続けた。 「最後のお題は心の中で思ったり、手紙を出したりとしてみたのですが、やはりそれでは無理なみたいで……」 「手紙だと? いったい誰に出したというのだ。貴様は家族どころか友人も居ないではないか」 「阿仁鍬君に宛てて家の住所に今朝送りました。まだ届いていないと思いますが、投函する事でクリア出来るかなとも思ったのですが、駄目でした」 「昼間にも言ったと思うが……僕の家が少しでも関わる事になれば、審査諸々に時間が掛かるのだ。家の住所に手紙を出したという事はそういう事だ。それが僕の手元に来るまでにおそらく一ヶ月くらいはかかるだろう」  少し驚いた表情の幸子は、恐る恐る阿仁鍬に訊ねる。 「もしかして……えっと……私の手紙は……えっと……他の方に読まれてしまう?」 「そうだ。うちの鑑識部門がしっかり開封して中を確かめる事だろう。うちに来る手紙の三十パーセントは脅迫状の類いだからな。脅迫状に見えなくても家族に接触しようとする内容ならば、必ずその身辺調査も入る」  珍しく赤面した幸子は、両手で顔を隠してしまった。   「読まれてまずい事でも書いていたのか?」 「今すぐ郵便局に行って取り返したい気分です……」  幸子のその表情はおそらく、阿仁鍬以外の者には決して見せる事のないものだと、阿仁鍬は気付かないし知る由もない。 「で、貴様はこれからいったい何をするのだ。クリア出来るんだろうな? 目の前でコロッと逝くのは勘弁してくれ」 「……」  無言の時間がしばらく続き、意を決した幸子が(ようよ)う口を開く。 「……これから、最後のお題を試します」 「うむ」 「今から口にする言葉がもし正解じゃなかったら……」 「……なかったら、どうなのだ」 「お題を口に出してはいけないというルールによって、私は死ぬ事になります」 「……」 「自分の気持ちとしては偽りのないものだと、確信してはいるのですが……」 「貴様さっきから何を言っているのだ?」 「お題に対するアプローチを間違えているのだとしたら……不正解となって……私は……」 「死ぬと言うのか?」 「……はい。そうなります」 「……」 「いいですか? いきますよ……」 「ちょっと待て。僕は言ったよな? 目の前で死ぬのは勘弁だと。それなのに貴様は……」 「阿仁鍬君にしか言えない事なのです」 「……」 「阿仁鍬君じゃなきゃ駄目なのです」 「……」 「私は……」 「待て」 「私は……」 「待てと言っておろうが!」 「阿仁鍬君が……」 「やめろ!」 「阿仁鍬君を……」 「やめてくれ!」 「愛してる」
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