1人が本棚に入れています
本棚に追加
/6ページ
「わぁぁぁっ!」
素っ頓狂な叫び声を上げたのは、私ではなかった。驚きのあまり目を見開いた私の顔を見て、さらに驚いた相手が廊下の先にまで聞こえそうな叫び声を上げたのだ。そして男はいきなり顔を近づけて、妙なことを言ってきた。
「び、びっくりした!あんたもこの記憶の迷宮に迷い込んだ口かい?」
「記憶?迷宮?なんのことですか?」
変なことを言う男だ、と私は不審に思った。しかし、少なくとも自分よりはここに詳しそうな男に興味を抱き、私は話を適当に合わせ、この男について行くことにした。とは言え、この男があのなにかの手下である可能性も排除しきれない。常に警戒をしていなければ。
「記憶の迷宮だよ。まず、ここに来る前に男に会っただろ?怪しいやつに」
「ええ、男なら…」
私は果たして怪しい男について無闇に“怪しい”などと形容していいのか分からず、お茶を濁した。
「やっこさんが言うには、1つにつき3つ。この1つっちゅうのが消したい記憶で、記憶1つにつき、3つの記憶を差し出さなければならねぇって、聞かんかったかい?」
「いえ…まだ。すぐ逃げ出してしまったので、何もわからず仕舞いです」
「俺はねぇ、とんでもねぇ秘密知っちまったのよ。だから、そいつを忘れさせてもらおうと神様に祈ったっちゅうわけ」
「私は…」《なんでこんなところに来たんだ?忘れたい記憶なんて…》
「ま、おたくのことはいいや。俺はすでに2つの記憶を取っ払われちまってて、残り1つなんだが、なんか嫌な予感がして逃げちまったってわけ」
「と、こうしちゃいらんねぇ」
男は当たりをキョロキョロと見渡すと
「俺は捕まる前にこの迷宮から逃げるぜ!お前さんもせいぜい捕まらねぇようにな」
と十字路の方へ走っていき、そこから右へと曲がって行ってしまった。
しかし、ものの5秒もしないうちにほど近い場所から男の断末魔が聞こえる。男がなにかに捕まったに違いない!
私は内心では心臓がバクバクと打ち、全身は震えながらも、男の声の聞こえる方へと行ってみることにした。
最初のコメントを投稿しよう!