チューリップ戦争

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 見てごらん。  海の方のあちら側には、赤いチューリップが広がっているね。  そうして、山の向こうの方には、白いチューリップがひろがっているだろう?  その昔。だいぶん昔の話だ。  赤いチューリップと白いチューリップ、  どちらが美しいかで、ずいぶんと揉めて、いがみ合って、  そうして、とうとう戦争が始まってしまったんだ。  知っての通り、長い戦争になったのだけども、  実はあまり、激しい戦争にはならなかったんだ。  春の球根から芽を出した頃には、  お互いに、根絶やしにしてやると、それは大変な気焔を吐いているんだけれど、  自分たちが思っているよりも、あっという間に花びらが散ってしまい、  相手を殲滅させる作戦を立案中に、何だか暑い季節になって、  考えるのもおっくうになって、今回はこの辺にしておいてやる、とお互いに、球根の中に帰ってしまっていたんだ。  そんなこんなで何十年も戦争をしていて、  赤と白のチューリップの激突地、つまり最前線では、密かに白のチューリップに恋をする赤いチューリップが出てきたり、  こっそり、赤いチューリップの子どもを宿す白のチューリップも出てきたりして、  そうしているういちに、長い戦争は、ただ長すぎたという理由だけで、  いつの間にか終わってしまったんだ。  そう。今きみがいる場所、  青いチューリップが広がる、この平野は、ここがかつての合戦地の名残ということなんだ。  争って、恋をして、悩んで、喜んで、  たくさんの「生きている」ことの積み重ねが、この平野いちめんの、青いチューリップということなんだね。  それにしても、なんてきれいな、  炎よりも赤く、雪よりも白く、  そして、空よりも澄んだ青のチューリップたち。  僕たちはいま、世界でいちばん美しい場所にいるのかもしれないね。
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