151人が本棚に入れています
本棚に追加
残された時間2
あっという間に金曜日、雄大は泊まって行った。
繋がり、果てたあと由香は気を失うように眠った。
いつもの夢をみる。
繰り返し見ている母親からの呪縛の夢の一つ。
いつものように、「わかった」と答えた瞬間、目覚めた。
朝が来たのが恨めしい。億劫に起き上がり、
由香が先にシャワーを浴びる。雄大が続けて入る。
全身に染み付いた由香の香り。
(流したくないな)
だが、そういうわけにもいかない。
雄大は由香への想いを立ちきるように、ボディソープに手を伸ばした。
雄大がシャワーから出ると由香も少し落ち着いたのかを身支度を整えてソファーにもたれていた。
「今お湯沸かしているから。朝ごはんいる?」
雄大は首を振る。
あれだけ動いたのにお腹は空いていない。
由香も同じだったようで沸いたお湯で紅茶を入れる。
お互い黙ったまま。部屋には紅茶を飲む音だけが聞こえる。
何か話してしまうと消えてしまう。
二人とも何も言えないまま、飲み干した。
「そろそろ出ようか」
「うん」
雄大が声をかける。
名残惜しそうに、雄大は由香の部屋をぐるりと見回す。
そして由香を抱き締めると丁寧に口づけをした。
長く優しいキスだった。
「今までありがとう。私と別れて欲しい」
「こちらこそありがとう。わかった」
穏やかな別れだった。
二人で並んで空港に向かう。
道すがら本の話で盛り上がる。
「今はネットでダウンロード版買えるから良かったよ。
紙の本のが好きだけどな」
来月二人が好きな作家の新刊が出る。
二人が出会った作家の1年ぶりの新刊だ。
「私も紙のほうがいいな、持った時の感触やページをめくる時のわくわくが好きで」
「俺も同じ」
二人は意識的に普段通りの会話をするようにしていた。
意識しないと、本音がこぼれそうになる。
それがわかっているからこそ、二人は殊更普段通りを演じていた。
長いようで短い空港までの道。
着くと雄大がチェックインカウンターに向かう。
(もう会えないんだ)
自分から別れを告げたかつての恋人。
自分の瞳に雄大の姿をしっかり焼き付ける。
「じゃあ、俺行ってくる」
そうして右手を差し出す。
由香はその手を握り返した。
「気をつけて」
ちゃんと笑顔で言えたかどうか自信はなかった。
雄大はもう一度強く由香の手を握り返すと、そっと手を離し、歩いて行った。
…一度も振り向かなかった。
由香は移動をして、雄大の乗っている飛行機が離陸をするまで見送った。
涙は、流れなかった。
雄大は座席につくと深く息を吐く。
もし由香が涙を見せていたら、抱き締めていただろう。
もっと時間があったら、彼女の全部を知れたのだろうか?
もっと早く本音を言っていたら。
考えても仕方ないことを何度も考えてしまう。
(覚悟していたつもりだったけど、な)
思った以上にショックが大きかったようだ。
可能ならば、
由香の体に残した熱がいつまでも消えないでいて欲しい。
雄大が刻んだ証が、由香の中でずっと残って欲しい。
そして、日本に戻ったとき、もう一度会いたい。
雄大は叶うかどうかわからない願いを思い浮かべながら、ゆっくりと目を閉じた。
最初のコメントを投稿しよう!