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エピローグ
「もう体はいいのか?」
「なんとかな」
久しぶりに山口と行き着けのバーで落ち合う。
ここに共に来るのは2年ぶりだろうか?色々あったと思い雄大は感慨にふける。
「お前が内勤なんて似合わないな」
「意外といけると思うけど」
それに元々営業よりも企画部希望だったしな、と呟く。
雄大はアメリカで事件に遭遇した。銀行強盗をした犯人が乗っている車に跳ねられたのだった。怪我はひどく、一時は出血多量で危なかったらしい。後遺症で長時間歩くことが厳しくなったため、来週から本社に戻り内勤に異動が決まっていた。
(惜しいな)
同期の中でも抜群な営業センスがあっただけに、ふとした瞬間に山口はあの事件がなければ、と考える。
期待されて転勤したアメリカで、期待以上の成果を出し始めた所の事件だった。
本人はあまり気にせず淡々と事実を受けているようなのが唯一の救いか。
そういえば、と山口は思いに浸っていた自分を振り払うように話し出す。
「結婚おめでと。とりあえず籍だけなんだろ?」
「ありがとう。先週籍だけ入れた。明日引っ越し」
雄大の左手の薬指には真新しい指輪が光っていた。
「そうか、落ち着いたら家呼べよ。由香ちゃんにも会いたいし」
あれだけ由香のことを嫌いと言っていた山口の言葉に雄大は笑みを浮かべる
「ああ、一番に招待するよ」
雄大は由香と結婚した。
たぶん、あの事件がなければ、由香は結婚を受け入れなかっただろう。一命を取り止め、由香に連絡が取れた時には事件から1ヶ月が立っていた。
電話の向こうで声を上げて泣く由香が堪らなく愛しいと思った。そのまま、電話越しにしたプロポーズを由香は受け入れ、やっと先週籍を入れた。
あの事件の為失った物もあったが、得たものの大きさを考えると、営業が出来なくなったことはあまり残念に思わないのだった。
「今日は山口と飲んで来る」
「わかった」
雄大に短く返信をし、由香は引っ越しの準備をしていた。
5年以上住んだ部屋。色々な出来事を思い出しながら由香は荷造りを進める。
雄大が事件にあったというニュースを聞き、由香は震え上がった。連絡を取ろうにも海外のニュースのため、あまり情報は入ってこない。
家族でもないため、病院に連絡しても答えられないとの一点張りだった。
由香は山口に連絡を取った。
山口は嫌がらないばかりか、同僚というツテを最大限利用して由香に雄大の様子を教えてくれたのだった。
雄大から久しぶり連絡が来たとき、由香は声をあげて泣くのを止められなかった。
そんな由香に雄大はプロポーズをした。
家族じゃないというだけで、とても不安定な自分達の関係。それが一種の由香の安心材料だった。
でもそれは平和な時だけ。
いざという時、何一つ、知ることすら出来ない関係。
もう二度とあのような思いをしたくない。
ダメになるかもしれないが、その瞬間まで雄大と共にいたい。
「人間、いつ死ぬかわからない。
今回俺も身に染みた。
それならば、
共に傷つけあいながらも、
共に生きていこう」
由香は泣きすぎて掠れる声で雄大のプロポーズを受け入れた。
顔が見えないのに、わかった。
今までで一番幸せそうに雄大は笑っている、と。
(完)
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