148人が本棚に入れています
本棚に追加
/22ページ
外伝 子ども1
「由香は子どもほしいの?」
唐突に雄大が言い出したのは結婚して半年たった頃だった。
「急にどうしたの?」
「聞いたことなかったから」
今まで結婚してから避妊をしたことがなかった。そこも含めて合意できていると思っていた。
だが、少し前から体を重ねるのを嫌がるようになってきた由香。
なんとなくトラウマが発動したとは思っていたが、由香が話すまで待っていようと思っていた。
だが、最近また仮面を被り出した由香。少しでも傷つけないように、尋ねた。
「しばらく避妊する?」
躊躇いがちに頷く由香に、引っ掛かっていた部分はやっぱりここだったのか、とホッとする一方、まだ本音を言えないのかと寂しさも感じるのだった。
雄大に悪いと思ったが、避妊を言い出してくれてホッとしている自分がいた。
3ヶ月程前生理が遅れ、妊娠しているかも、と思った時に本能的に震えが走った。
それから少し繋がるのが怖くなった。でも嫌われたくない、そう思い、自分からは言えなかった。
だいぶ鎖は外れてきたが、ふとした瞬間にがんじがらめになる。中々絡まってほどけない鎖に由香はどうしようもなくなるのだった。
「ゆーかちゃん!」
「え?山口さん!」
職場の仲のいい子達と居酒屋で飲んだ帰りに偶然山口と会った。
「由香ちゃん今帰り?一杯飲まない?今日ドタキャンされて1人酒なんだ」
少し躊躇う由香の様子を見て、山口は電話をかける。
「あ、佐々木。今から由香ちゃんといつものバー行くから」
「え?」
「じゃあ行こっか?」
どうやら電話の相手は雄大だったようだ。一方的に話して電話を切った山口はそのまま由香を行きつけのバーに連れていった。
「かんぱーい」
そういって山口は美味しそうに飲む。
せっかくなので、由香もお酒を口に運ぶ。
「なんか悩んでるの?子どものこととか?」
ギクリとする。
「なんでそう思うんですか?」
「んー、俺、本質は由香ちゃんに近い気がするから。機能不全家庭だったし、俺んち」
由香ははっとする。
「…いつから気づいていたんですか?」
「最初から。わざと壁作ってたでしょ。佐々木みたいな天然な壁じゃなく、作ってる壁」
タバコ吸っていい?と断って火をつける。
由香は何も言わず酒を飲む。そこそこ強いお酒の筈だが全然酔える気がしなかった。
余計なお節介やくね、と前置きして山口は言う。
「佐々木と育ちが違うから、言わなくても分かってくれるとは思わないほうがいい」
正論だった。耳が痛い。
「…わかっています」
「分かっているなら佐々木にちゃんと言えよ、気持ちを。子ども生むのが怖いって。話してないんだろ?」
「…っ」
図星だった。結婚したから全て分かってくれている気でいた。少しでも違う価値観があると嫌になる。それでも嫌われたくないと思い、何も言えなかった。
勘がいい雄大が察してくれなければ何も言えない。そのことが無性にしんどくて堪らないのに仮面を被る。
母の呪縛と同じだ。
「本音を言って受け止めるかどうかは佐々木に決めさせろよ。受け止められずに壊れるなら仕方ないだろ?最初に話してないんだから。」
「…」
「それとも言わないの?子ども出来てから考えるの?それとも堕ろすの?」
「…っつ」
言葉に詰まる由香に更に何か言おうと口を開いた山口の上から声が降ってきた。
「…っと、そこまで。俺の奥さんいじめないでくれよ」
「早かったな」
雄大は山口にお金を渡すと由香を立ち上がらせた。
「帰ろう」
由香はなすがままにされる。
「由香ちゃん、またね」
山口はヒラヒラ手を振って二人を見送った。
最初のコメントを投稿しよう!