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「あ、ねぇ! チューちゃん」
「……その呼び方、止めろ」
東京駅で落ち合った真尋のキャリーケースを、暗黙の了解で受け取る。乗り換えのためにキャリーを引いて歩きながら、俺は隣の小柄な彼に言い飽きた台詞を放った。
「えー⁉ チューちゃんが言ったんじゃん。『ヒロシなんてだせーから、チューって呼べ』ってさぁ」
「……リアル中二の頃な。あれ、何だったんだろーな。とにかく、俺はもう二十二の大人だからヒロシで十分なのよ。て、これもう何回言った? 頼むから黒歴史は忘れさせてくれ。……お願い」
懇願するような俺の声に、真尋は悪戯っぽく笑って少し先の地元にはないお洒落なカフェを指差す。
「はーい。じゃー、宙ちゃん。あのお店、行ってみたい!」
牟礼 宙。
変わった部類の名ではあるんだろうけど、特に『宙』は今風のテイストも入れつつ平凡な読みで突飛過ぎない。当て字でもないし、まったく読めないって程でもない。普通に変換でも出るしな。
まー、なかなかいい名前なんじゃないか。今の俺は、ようやくそう思えるようになった。
……しかし、ホントに可愛い顔してんな。
コイツはきっと、今まで何言っても許されてきたんだろうよ。そのとびっきりの笑顔で。裏表があるわけじゃないんだけどさ。
従弟の高槻 真尋。俺の母の妹の息子だ。
今高二で、俺が在籍しているのとは別の東京の大学を志望してて、その大学の学園祭に行ってみたい、と遥々新幹線でやって来たのだ。
日帰りじゃいろいろ勿体ないから一泊で。
最初は叔父さん叔母さんの都合がつかないため一人でホテルに泊まる予定だったのだが、そこに母さんが横やりを入れた。
俺たちの母親は仲のいい姉妹なのだ。
「高校生がたった一人でホテルなんて! 受験ならまだ仕方ないけど。東京なら、宙の部屋に泊まればいいわ!」
母さんよりずっと大人しくて控え目な叔母さんが「宙ちゃんに悪い」と止めるのも聞かず、その場で電話してきた母さん。
『宙。真尋ちゃんが大学の文化祭に行きたいんだって。あんた、泊めてあげなさいよ』
「……文化祭? あ、学園祭か。どこの大学で、いつ?」
予定を訊くでもなく、いきなり決定事項の通告だ。まあ、母さんはもともとそういう人だけど。
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