天国と地獄

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「おい、マジかよ!」  颯の友人・(れん)の瞳が黒縁の眼鏡の奥で大きく見開かれた。 「マジだよぉ。折角京都11レースの16番、6番、8番の3連単持ってたって言うのに……」 「もうっ!この辺りに落としたのは間違いないんだな?」  蓮はそう尋ねながらしゃがみ込んだ。そして踏まれに踏まれまくってくしゃくしゃに打ち捨てられているスポーツ新聞をひっくり返しながら颯の言ったとおりの馬券を探していく。 「あぁ、間違いないよ。ごめんな」  颯はわびの言葉を入れつつ、裏向きになっている馬券を1枚1枚表返し、馬券の中身を確認していく。 「見つからないわぁ。折角取った94万馬券なのに」 「もう、ホントに何やってんだよ」  颯と蓮がそんな話をしながら落とした馬券を探していると、徐々に徐々に2人の近くへと人が集まり始めた。薄汚れたジャンパーを羽織り、肌に少し埃のついた男や、ところどころ穴のあいた年季の入ったズボンを履いた男などが何人か集まってきて、紙切れにまみれた床を血眼になって探している。その周りには楓達と同じ歳くらいの男らがスマートフォンをいじりながら様子を伺うように立っている。颯は彼らの様子をチラチラと眺めた後、再び手元近くにある裏面に靴跡がべっとりついた馬券を表返した。  5分、6分と時間は過ぎるが、颯と蓮が馬券を探す手は止まらない。彼らの周りにはやはり中高年の薄汚れた男達が足元の馬券を漁っている。当たり馬券の捜索を諦めてその場を離れた上最終レースの予想に回る者もいるが、入れ替わり立ち替わり新たな男が加わり、94万馬券を捜し当てようと血眼になって床に目を凝らしている。周りにいるスマートフォンを片手に様子を窺う若者もその場を離れることはなかった。  暫くしたところで、緑色の制服を着た場外馬券売り場の職員が何名かやってきた。職員達は周りにいるスマートフォンを持った若者達に事情を尋ねている。そして颯と蓮のもとへも職員が1人やってきた。職員の胸のプレートには佐竹という苗字が刻まれていた。
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