暴かれる正体

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「佐竹さん。人間っていうものはね、追い詰められたときに一本の蜘蛛の糸が垂らされると本性を出すんですよ」  颯は斜に構えたような笑みを浮かべながら、そう語った。 「場外馬券売り場には色んな人が来る。勿論、趣味の範囲で馬券を買う人も大勢いるでしょうし、そっちの方が大半です。ところが、生活を賭けて馬券を買う人もいるし、借金をしたり横領をしたりして人生を賭けて馬券を買う人もいる。命より大事な金をかけて馬券を買う人だっている。家族の金をはたいて馬に全てを託す人もいるんだ。はたまた勝負にのめり込んでいるときの自分だけに確固たるアイデンティティを感じ、それこそ己を賭けて勝負する人もいる」  嘲り笑うような颯の顔を前に、佐竹は右手の拳を強く握りしめた。 「その勝負で敗れ、追い詰められた人間の前に蜘蛛の糸が舞い降りたら、94万という大金を手にする機会がポンと目の前に置かれたら、どうなります?僕はそれを撮りたかったんですよ。たとえその蜘蛛の糸が蜃気楼でしかなく、94万が夢幻(ゆめまぼろし)だったとしても、自分が生きるためには血眼になって食らいつくんだ。他人の不幸を踏み台にしても自分だけは助かりたいという本性がむき出しになる。人間の持つ醜い本性があぶり出されるその瞬間が、そこにはある」 「あなたはヒトの人生を何だと思ってるんだ?」  佐竹が強い口調でそう問いかけるが、颯は右掌を佐竹の目の前に突きつけた。 「あなたにだけは言われたくないですよ。生活を賭けて、人生を賭けて、家族を賭けて、場合によっては命を賭けた血で汚れた金で買われたのがギャンブルの売り上げだ。それがあって初めて飯が食えるのが、あなた達の仕事でしょう?ヒトの人生を何だと思っているのかだって?それはあなた自身が、自分の胸に手を当てて考えればいい。その善人ヅラした化けの皮の裏側にある本当の自分の胸にね」 「論点をすり替えるな。あなたがヒトの人生を何だと思っているかについて訊いている」  佐竹は視線を逸らすことなく颯に再び問いかけた。 「ヒトの人生?ゴミのようなもんだろ。こんな風に寄ってきて馬券を漁っている奴らの人生、全部ゴミですよ。そしてこういうゴミみたいな奴らの姿を見てホッとしていたり、指差して笑ってたりする奴らの人生も、そうです。僕達はそういうゴミの純然たる姿を撮り、そのゴミがゴミたる所以を映している。言ってしまえば僕たちが作っている映像は『真実』だ。そしてそんな『真実』が垣間見れる瞬間を観たい人っていう人は、世の中には大勢いるんですよ」  高らかにそう言い切る颯を前に、佐竹はため息をついた。 「貴方の言いたいことはわかった。もういい。とにかく、あなた達が今後この場外馬券場に立ち入ることは固くお断りする。お客様の肖像権の問題もあるんでね。今速やかに立ち去って頂きたい」  毅然とした佐竹達職員の態度を前に、颯は人を食ったような表情を見せた。 「結局まともな反論できないんだな。まぁいい。おい!皆、帰るぞ」  颯の声とともに、蓮やほかの撮影班のメンバーは一斉に場外馬券場をあとにした。 ーーああいう奴らは、絶対にろくな死に方をしない。  佐竹は心の中でそう呟いた。
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