都橋探偵事情『花虻』

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若い警備員が後ろから羽交い絞めを試みた。警棒が富樫の喉を絞める。しかし富樫のナイフは警備員の腹を何度も刺す。もう一人が富樫の横から飛び掛かる。膝頭に足刀をする。後ろから羽交い絞めにした手は緩み若い警備員が倒れた。怯む警備員を笠井が後ろからめった刺しにする。富樫が膝頭を蹴られた警備員の喉を刺した。 「笠井、行け。俺の人生これまでだ」  笠井は富樫の頭を掴んでキスをした。富樫の唇を噛んだ、滲み出る血を啜った。そして走った。非常階段を駆け下りる。 「おい、悪党、地獄に落ちろ」  マーロウがバットを抜いた。 「てめえも探偵か、やっぱりてめえも主に似て汚ねえやり口か」  富樫は前屈みの姿勢になって言った。隙あらば飛び込む、バットが振り下ろされる前に体当たりと同時に腹に刺す。 「盗人の説教とはよく言ったもんだ、お前だなうちの調査員を殺したのは」 「ああ、お前の所長は誰かに殺されかけたんだってな、悪徳探偵は敵が多いなあ、俺等の上前撥ねるだけのことはある」  富樫に生きるつもりはない。その覚悟は力を何倍にもする。マーロウは富樫の殺気を感じていた。バットを脳天に落としてもこいつは刺し込んでくる。ナイフを落とすことが先だ。それでも噛み付き、目突き、引っ掻き、爪を立てる、意識を失っても抗うだろう。富樫がマーロウの後方に驚く素振り、富樫の喧嘩殺法、相手の一瞬の隙を狙う囮技。マーロウが一瞬後方に神経を向けた。富樫がクラウチングスタートのように飛び込む。マーロウのバットが少し遅れた。猿が木から木に飛び移るような恰好、完全に足は宙に浮いた。腕をマーロウの腹に突き出した。もうバットの振り下ろしは間に合わない。両手でグリップエンドを握り富樫の頭を打ち付けた。富樫の勢いが優る。マーロウは後ろに倒れながら跳び上がる。グリップエンドは富樫の頭に付いたまま。富樫はマーロウの股の中を潜るように床に転がる。受け身を取って立ち上がる。また同じように突っ込む。今度はマーロウに余裕がある。バットを振り下ろす。
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