都橋探偵事情『花虻』

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「マーロウさん、手助け出来ないの」  ミッチが中西を心配している。 「ミッチさん、今誰かが飛び出せば師匠は斬られます。師匠が斬られなければ飛び込んだ人が斬られます。勿論相手は斬られますがそれは師匠の本望ではありません。それに師匠にはまだ余裕があります」  ワッシーがミッチの不安を解いた。  中西が鞘を掴んで前に差し出した。鍔に親指を当てぐっと下げた。つま先立ちからゆっくりと蹲踞の姿勢。  じじい来るな、蜷川は握り手を柄縁から柄頭へと送り出す。刀の働きは二十センチ以上長くなる。リーチと合わせて二メートル十五センチ離れていても切先は喉を斬る。  蹲踞の姿勢からゆっくりと頭を前に突き出す。右手は逆手で柄を握る。鞘が蠍の尾にように跳ね上がる。蜷川の目をじっと見据え目を瞑る、開けていても意味がない、目にも止まらぬ速さでダンビラが振り下ろされる。ここからは心眼。  蜷川は柄頭を握り締めた。じじいが飛び出す刹那なら間に合う。今だ。脇をしめたままダンビラが横一閃、ゼロから二メートル十五センチまで伸びる。  中西はつま先立ちのまま逆手で抜いた。飛び込みながら左手を柄頭に添える逆手を準手に持ち替えた。腕を伸ばしながら身体を回転。仰向けになりながら蜷川の喉に切先が振れた。柄頭に右手を当てて突いた。柄から手を放した。その間をダンビラが抜けていく。中西は背から地べたに落ちた。地べたで回転し立ち上がり柄を掴んだ。そして更に突いた。蜷川の盆の窪に切先が抜け出た。さっと抜いて回転し鞘に納めた。蜷川の身体が中西の背に負ぶられる恰好になった。ドレッドヘアが中西の肩に載る。 「じじい。強ええな」 「お前もな、それに免じて肥落としは勘弁してやる」 「ありがてえ」  中西の背から蜷川が滑り落ちた。
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