第45話:田舎少年と歴戦の狩人

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真っ白な空から音もなくぽつりぽつりと落ちる雫。 突っ立っていても生ぬるい6月の重苦しい空気の中、少年少女達のテンションは沈む事を知らない様子であった。 修学旅行が目前に迫っているのだ。無理もない。 それも常夏の国へ行くというのだからその高揚たるや如何程であろうか。 中間テスト終わりの帰り道、普通科高校3年生のカイアとその男友達であるロン、ギータンの3人は、キャーキャー騒がしい同級生の声に囲まれながら歩いていた。 淀んだ空気を跳ね飛ばすやら掻き回すが如く生き生きとした声が辺りから響いてくる。 つい一時間前まで黙りと静まり返った教室でテストを受けていたというのに、よくもまぁここまでテンションをあげられるものだと感心する。 見ず知らずの土地に赴き、いつもより少し魅力的になった同級生達と一時の思い出を育み、異邦で出会った素敵な異性に心を躍らせる…… とかなんとか気持ち悪いポエムを垂れ流すのは隣を歩く友人、ギータン・トランカータである。 斜めにカットしたサラサラの金髪を靡かせながら、身振り手振りを交えて語っている。残り2人より明らかに背が低いくせに、存在感だけは人一倍な男だ。 「俺達が女の子らに相手にされりゃーな。」 冷めた口調でロンは言った。 ロン・カテスベイ この男はカイアの幼馴染でもあり、近い夢を持ち続けてきた親友だ。口数が少なく高身長に筋肉質とガタイがよく、浅黒い肌をしている。 トキンと伸びた上の方の髪は白っぽく染め、短めの後頭部は黒の染め分けた髪をしていて見た目は随分と柄が悪く見える。 性格は至って真面目で、成績も良いのだがその印象の悪さからか異性からの評判は芳しくないようだ。 …周りからの目に関してはカイアも人の事は言えないが。 周りと同じく修学旅行気分一色に染っているギータンを他所に、カイアとロンのテンションは6月の重苦しい空気と同化していた。 修学旅行なる楽しみを目の前にして、二人はこれから“お仕事”に行かねばならないのである。無理もない。 「高校最後の年に取っておきのイベントがやってきたってぇのに、なんだそのテンションはよ。」 話に全然乗ってこないカイアらの反応にイラついた様で、ギータンはぶっきらぼうに言葉を吐いた。 「俺達はこれから仕事だよ。しーごーと。」 カイアも同じく不貞腐れたように言葉を返した。 「あーあーそういやそうだったな。おつかれ。」 金髪チビは同情など欠片もない口振りで煽ってくる。 隙あらば煽る。いつものこいつのやり口だ。 「うちの学校バイト禁止だろ〜?先生からストップが入ってくれりゃあいいのにな。」 カイアも思わずそうボヤく。 「ある人の紹介で“狩人”になります〜つったら書類数枚で色々OKになっちまったもんな。」 誰よりローな口調でロンが言った。 カイアとロンは、ひょんな事から“狩人”なる警察と研究者と文字通りの狩人の間の子みたいな職に就く事になってしまっていた。 そのひょんな事そのものともいえる、ある人物の元でインターンシップというか研修を受けているような状態なのだが、その人が書類数枚を高校に提出しただけで受験も受験対策の講義も色々パスされてしまったのである。 皆が模試の点数などにあたふたする中、突然その環境から解放されてしまったのだ。 そう言えば聞こえはいいが、なんといっても受験勉強の代わりに携わる事になった仕事の内容がアレなのだからいい気はしない。 所謂モンスターと呼ばれるような人命に危害を及ぼす野生動物や、人語を話す異形の化け物・アニマなぞという輩とドンパチしたり調査したりするお仕事なのである。 モンスターが跋扈する世界といえど、街中で暮らしている分には至って平和なものである。それがいきなり命懸けの仕事に携わることになってしまったのだからとにかく気分が重いのだ。 無理もない。 「いーじゃねーか。美人のねーちゃんに手取り足取り教えて貰えるんだろぉ?」 嫌味のつもりなのだろうが、心底妬ましいという本心丸見えでギータンは言った。 この男は呆れるほどに女好きである。 ちなみに美人のねーちゃんなる人物が、カイアらが狩人になるきっかけになった問題の人である。まぁ、彼女については後々語る事にしよう。 「そういう意味でも別にいい思いはしてないぞ。」 心底どうでも良さそうにロンは言った。 「あーあー、俺も修学旅行先で可愛い独身の女の子と運命の出会いねーかなー。」 頭の後ろで両手を組んでギータンは天を仰いだ。 「食パン加えてダッシュしてればぶつかんねーかな。」 空を眺めながら夢見る少年は妄想を垂れ流す。 「いつの漫画だ。」 「どこ見て歩いてんだボケって怒鳴られて終いだボケ。」 ローテンションな男二人は辛辣な言葉を返す。 そもそも修学旅行って出会いのある場なのだろうかとカイアは思った。 彼が最初に言っていた、「少し魅力的になった同級生達」は何となくわかる。そういう場所に行ったら最後、なんだかみんな輝いて見えるような気がする。本当になんというかイメージだが。 仲いいヤツと関係を深めこそすれ、新しい関係は舞い込む余地がない気がする。 「なんかさー、ほんと勘なんだけどさ。」 変わらず天を仰いだままギータンは続ける。 「すっげぇ出会いがある気がするんだよね〜。俺達の予想もつかないようなさ。面白くなるぜ。きっと。」 本気なのか妄想が爆発して頭がおかしくなったのか、遠い目をして彼は言った。 んなもんねーよ、と連れない二人は鼻で笑う。 夢見がちな彼のことだ。いつもと同じ妄想癖だとこの時は笑って流したものだった。 今になって思えば、彼にしては珍しく何か運命的な予感を“受信”していたのかもしれない、と思う。 楽しみにはしていた修学旅行。 この時の俺達には知る由もなかったのだ。このイベントが、本当にすっげぇ出会いまでももたらすことになろうとは。 想像を超えるような特別な夏が、すぐそこまで迫っていようとは。
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