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都市の郊外……のそのまた外れにある、タジルの街にカイア達は住んでいる。社会人から見たら所謂ベッドタウン的ポジション、学生からしたら町外れの田舎だ。
街の中心となる駅から3駅ほど離れたあたりでカイアとロンは下車した。
ギータンは高校からの友人であり、住んでいる方向は正反対だ。
街の中心からさらに都会へ向かう方角へ行くと彼の家へ、田舎へ向かうとカイア達の家がある。ギータンの奴はその事すらマウントに使ってくるのだから鬱陶しい事この上ない。
さりげなくぽんと置かれた自動改札機にカードを翳し、その脇を通る。
無人の改札口はもはや改札口と呼んで良いのかも怪しく、キセルなどやろうと思えばいくらでも出来てしまうつくりとなっている。
タジルの街から3駅離れた程度でこれだ。タジルの街も所詮田舎である。
カイアとロンはこれから仕事だと言ったが、テストで午前上がりだった為に一度家に帰って着替えてから向かう予定になっていた。
駅を抜けてすぐに目の前は田畑一色。やはり田舎である。
ここはカイアらの住むタジルの街の中でもかなり外れの位置にあり、そこから先は工場や発電所くらいしかなくヤルバンの森と呼ばれる自然が広がるばかりである。
この世界では人畜に対して生命に関わる害をなす大型生物をモンスターと呼び、自然と人里の境にあたるこの駅周辺はわりかしモンスター事故の多い地域である。
そしてそんな中で生まれ育った生粋の動物マニアが、このカイアとロンである。
「うお、ネロがいる。」
ロンが声を上げた。
畔から坂道となっている道路を挟んで向かいの影から、巨大な鳥がのっそりと顔を覗かせた。
背丈は3m程あるだろうか。長く重々しい嘴に比較的細長い首が目を引く。
針……というか巨大な杭のような重厚さを感じる嘴は、それだけで60cm以上ありそうだ。
「やっぱ近くで見ると途端に怖ぇよなこいつ。」
半笑いでカイアも答える。
ネロフォルメス・ヤルバネンシス
ヤルバンの水鳥を意味する名前を持つ、所謂サギの仲間だ。翼長7m、高さは前述の通り3mと巨体を持ちながら性質は温厚で、魚類や両生類を水辺で狩る雑魚狩り専門の生物だ。
ちょっかいをかけて反撃された例があり、大型魚すら捕える鋭い嘴は人間も容易く殺められるためにモンスター認定をされている。
水田に水が張る時期になると餌を求めてよく森から飛来してくるのだが、だからと言って騒ぎになることは少ないようだ。触らぬ神になんとやら方式である。
ヤルバンというのは、この国ベンサレム共和国の人里を囲む原生林の総称だ。
この辺りに住む生物には、ヤルバンの森産であることを示す「ヤルバネンシス」の名がよく与えられるのだ。
やいのやいの騒ぐ高校生2人を、首を伸ばしたり縮めたりしながら鳥の方も眺めている。
ぱちくりと数回瞬きをした後、興味が尽きたように下を向きまた餌を探して水田の中を歩き始めた。
人間も襲えば食べられそうなものだが、餌として認識はしていないらしい。
たまに悪ガキが喧嘩を売ってぶっ刺される事故が起こるが、捕食目的でのそういった事件は聞いたことがないほどだ。
なので2人はあーだこーだと言いながらネロフォルメスの横5、6mほどを普通に通り過ぎる。
…普通の人ならとりあえずビビって距離を置くものだが、知っている人間にとってこの鳥は無害な存在なのだ。
全身が見えると、折り畳まれた翼の異様さに目がいく。
そこには風切羽のような羽毛はなく、ビロード状の繊毛におおわれた皮膜が丸見えになっているのだ。
羽毛が繊毛のようになっているのは翼のみならず、鳥らしいスタイルをしていなければワイバーンか何かと間違えそうな出で立ちをしている。
「なんでこいつの羽毛がこんなになってるか知ってるか?」
ロンに聞いてみる。
「鳥は専門外だが……理由が俺の好きな方に関わってるから知ってる。」
三白眼の眼を細めて鳥を見つつロンは答えた。
「ドロナマズやデカいカエルと格闘する為だろ。」
「せいかーい。」
大袈裟に拍手しながらカイアは言った。
「元々ヤルバンの森の中の沼地や河原に住む鳥だからな〜。大きな餌とやり合った後は泥まみれになっちまうんだ。それを洗い流しやすいように羽毛が単純化したらしい。」
「この辺の水系じゃドロナマズを食える動物なんてこいつくらいだ。」
とロン。
彼がやたらとナマズを推すのは、彼が無類の魚好きであるからにほかならない。
カイアは比較的幅広い範囲での動物好きだが、ロンは魚類へ一点集中している。
魚の事になるとカイアも流石に彼には敵わない。
趣味もそれらしく釣りである。
「そういやそろそろだな…」
カイアに聞かせるでもなく、独り言のようにロンは呟いた。
何が?と聞きかけた時である。
ケェェェェ!!
と背後で雄叫びが上がった。
2人は驚いて振り返る。
先程通り過ぎたばかりの巨鳥が、首を天高く伸ばし鉄筋のような嘴をあんぐりと開けてこちらを見ていた。
見ていた…いや、何の気なしに警戒する眼差しではない。標敵に狙いを済ました時の目だ。
「うーぉぉお?なんだなんだなんだ!?なんであいつ怒ってるんだ!?」
思わずカイアは声を上げた。
巨鳥は長い脚をひたりひたりと踏み出してこちらに歩いてきた。
歩く度に少しづつ脇を広げ、見るからに怒っていますという構えを取っていく。
距離にして4、5m。相手の巨大さも相まって体感では目と鼻の先だ。
後退りながら急いで2人は自分の得物を手に取った。
都会人は最早全く持ち歩かなくなっているそうだが、田舎の住人は基本的に武器を携帯している。使うことは滅多にないが、万一モンスターに絡まれることがないとも言えないからだ。
とはいえ、ネロフォルメス・ヤルバネンシスが自ら襲ってくるなど、今まで見たことも聞いたことも無い。
よく見るがなんなら今回のように横を素通りすらしているほどの生き物のはずだ。それが何故…
「おい、どうすんだ!」
ロンが叫ぶ。
彼は背中に担いでいた大きな鉄板を手に取る。
田舎に似合わぬメカメカしい鉄板は折り畳み式で、ガコンと広げるなり先端にぶっといナイフのような刃が出てくる。
盾に刃を取り付けた刃盾というかなり個性的な武器だ。
漢らしく「守る」スタンスが気に入っているらしいが、こんな鉄の塊を毎日持ち運ぶという時点でカイアには考えられない武器だ。
「哺乳類鳥類にはとりあえず大きな音だ。ここは任せろ!」
カイアは腰に携えていた銃剣を引き抜いた。
第二次世界大戦までの時代のような木と鉄のロングネックライフルに、細身の刃をとりつけた古典的なものだ。
運動はあまり得意ではなく、後方支援メインに最低限の自衛力を持った、カイア的にはよく合っていると思っている武器だ。
カイアはライフルを天に掲げ、一発発砲した。
細い銃口が火を吹く。
実はこの世界には魔法の概念があり、戦闘時にはそれを活用する人も少なくない。カイアも銃弾を込めずとも魔法弾を発射させる魔法銃なるものを愛用している。
実弾式のものと違って構造が単純であり、最悪壊れていても機能するため丈夫で安価なのだ。
ケチ臭いカイアの両親ですら、使えるならとあっさり買ってくれたほどだ。
しかし、魔法が主体故に扱うには本人の素質が要る。魔法系の扱いや幅を左右する想像力が足りない人は上手く発砲できないのだ。
「全然効いてねぇじゃねぇか!」
ロンに叱責された。
ネロフォルメスは全く怯みもせず依然首を掲げてこちらに歩みよってくる。
穏便におかえりいただこうと思ったのだが、そういう訳には行かないらしい。
「どーすんだよ、やるか?やり合うか?」
距離3m。頭をうち下ろせば届く距離だ。
「しかねーだろ。てかなんでコイツが人間を……」
ケェーーーーッ!!
雄叫びの如き鳴き声を上げて、巨鳥は擡げた頭を鉄杭の如く打ち下ろした。
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