第45話:田舎少年と歴戦の狩人

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目の前で火花が散った。 ガギンとすごい音を立てて、ロンの盾に矛が突き立てられた。 長さ90cm程はあるだろう建築用の杭のような嘴を、間一髪ロンは弾き返したのだ。そして、怪鳥の嘴は流石に鉄を貫くほどの常識外れな威力は持っていなかったようだ。 凄まじい衝撃が走ったであろうが、怯まずネロフォルメスは再び姿勢を整えた。 「いけるか!?」 カイアはロンに尋ねる。 「おーけー。」 少々引き攣った声でロンが答えた。 おうと告げてカイアはさっとロンの後方へ回った。 2人にとっては武術の授業でもお馴染みとなっている縦のフォーメーションだ。 ロンが守りに徹し、カイアがその後ろから敵を射抜く。単純だが隊列を崩すという思考を持たない相手には非常に有効だ。 ケェェェェー!!! と荒ぶった様子で、ネロフォルメス・ヤルバネンシスはブレる首を構え直して再びロンに狙いを定めた。 次だ、次攻撃を弾かれて怯んだ時にぶち込んでやる。 数歩後ろで見守るカイアは、膝立ちの姿勢になって銃を構えた。 ストックに頬を添えて両脇を軽く締め固定する。 狙うは最も大きな的である胴体。 特に装甲を持っていないモンスターだ。当たりどころが良ければフルでチャージした魔法弾一発で仕留められる。 別に殺す必要も無い。かすり傷でもビビって逃げてくれれば良い。とにかく当てに行くことが先決だ。 杭のような嘴が再び打ち下ろされた………… 瞬間、ネロフォルメスの頭と交差するようにもう一羽鳥が掠めて飛び去った、ように見えた。 銃身で下半分を隠された視界の中、照準を合わせるサイトの枠内に鳥の身体が戻らない。 視界の端でロンも防御の構えのまま困惑したように身動ぎした。 何事かと思って構えを解き、 そして唖然とする。 視界が開けた途端、重たそうな鳥の頭部が空から落ちてきたのだ。 頭部を失った胴体は前かがみの姿勢でふらついた後、ロンの目の前にどさりと倒れた。 突然目の前に広がったバイオレンスな光景に、2人は何も言えず呆然と立ち尽くした。 実習でも狩りはするし襲われた時にはこうするしかないのだから慣れてはいるのだが。 ものの見事と言う他ない切り口でスッパリと切断された頭が、なんだか精巧な作り物のようで現実感がない。 自分達が討伐した時には見ることの無い、変に綺麗なままの様が、なんというか不気味なのだ。 「ご無事ですか?」 横から声をかけられドキリとする。 戸惑ったまま2人は右側へ首を回した。 血のように真っ赤な長い髪を靡かせ、一人の女性がすくりと立ち上がる。 その背中で、鳥の翼のような形をとっていた炎が弾けるようにして消えた。 白い肌とも相まってさながら天使のような、どこか神々しい覇気さえ感じる女性だ。 ……戦闘中に限っては。 「あ、ティナさんこんちはっす。」 何が起きたのかだいたい察した男2人は、途端に気が抜けたように挨拶をした。 彼女こそが先程出てきた「ひょんな事」「美人のねーちゃん」ことティナ・グラシリスである。カイア達にとってはこれから仕事を共にする先輩にあたる人物だ。 凄まじい運動神経と反射速度でゴリゴリのインファイトをやってのける、戦闘のスペシャリスト……というのが彼女と知り合って数ヶ月での評価である。 先程一瞬通り過ぎた鳥のようなものが彼女であり、通り抜けざまに怪鳥の首を切り落としていったのだ。 悪魔と天使は紙一重と言うが、そうなんだろうなとふと考えてしまう。 「…なんだか殺気を感じたので、宿の窓から覗いて見たらお二人と大きな鳥が対峙していたものですから。。。」 肩を竦め、小っ恥ずかしそうな素振りで彼女は言った。大型生物の首を一撃で撥ねた様を見た後だとあまり可愛げは感じられない。 「ティナさんの宿って……ここからじゃほぼ見えないじゃないですか。なんかのレーダーですか、視力幾つなんですか。」 「4.2です。」 「まじっすか……」 めちゃめちゃ良くて思わず慄く。この人が冗談を言える人でないことは知っているため、恐らく本当なのだろう。 ただ普通の視力検査ではそこまで測られないはずなのでどこで測定したのだろうとは思う。 「またストーカーだろ。」 ロンは三白眼の目で懐疑的な視線を送る。 またと言うのは、彼女がカイア達に知り合う際なかなか声をかけられず日数を跨いでストーカー状態になっていたことに由来する。 「ち、ちがいますっ!」 顔を真っ赤にしてティナは言った。冗談は言えない上に通じもしない人である。 「パトロールです!」 「やっぱ見てたんじゃねぇか!」 殺気云々は結局嘘らしい。 ティナ・グラシリス 先端がくるりとカールした赤髪ロングと、白人のように白い肌、青い目が特徴の女性だ。 正確な年齢は知らないのだが、見た目は20歳前後、ギータンが美人のねーちゃんと評した通り身長168cmのカイアとほぼ同じくらいの背丈に華奢な体格をした綺麗な人だ。 彼女は幼いと言って良い歳から、人語を話す魔法生物・アニマ達との戦いの日々を生き抜いてきたベテラン狩人である。 この“狩人”というのが、カイア達が就くことになっている役職名であり、“アニマ”というのがモンスター以上に人間にとって脅威とされる敵性種族のことを指している。 言葉にすると胡散臭いが、とある“縁”があってカイア達はティナにそちら側の世界に引き摺り込まれたのである。 …と言ってしまうと聞こえが悪い。一応理屈としては彼女に「保護してもらっている」状態であるらしい。実感はあまり無いのだが。 まぁ、細かい事情はまたどこかで話すとしよう。 「とりあえずありがとうございます。」 ピンチだったかどうかは別にして、ひとまず礼を述べる。 そして、見事に頭を撥ねられ血抜きの最中のようになってしまった怪鳥を見遣る。 動物好きとしてはあまり好ましくない光景だが、彼女と出会って2、3ヶ月のうちに人語を話すアニマの殺害シーンを度々見せられて来た身としてはもう死体で一々ビビってられないという感じになってきている。 慣れというものは恐ろしいものだ。 「鳥の死骸は…」 「良い卸先を知っています。」 淡々とした穏やかな口調でティナは言った。 あぁ、と男2人は納得した。どこの事か分かったからだ。 自身も狩人をやりつつ、始末した動物を食材にして料理を出すカフェがあるのだ。 ティナづてに知り合った先輩狩人が開いているお店である。 人命に危害を加えうる存在になると、どうしても命のやり取りは多発してしまう。 生物の個体数調査や分布状況の把握はあまり進歩していないため、保護の意識もあまり高くないのが現状だ。 そんな中でも、やり取りした動物に敬意を払い、せめて食物などとして利用しその死に意味を持たせようとする考え方は少なからず存在する。 討伐を避けつつ対処する技術が確立するまで、徹底していきたいものだとカイアは思う。 「じゃあ俺達は行きます。着替えてからまた駅で。」 ロンは鞄と折りたたんだ刃盾を背負いながら言った。 ギータンにも言った“仕事”の引率がティナなのだが、昼に帰ってこれたこともあり準備し直すために一度家に帰ることになっていた。 戦いになるなら制服は避けたい。汚すと親が怖いからである。 ふと、彼女と初めて会った時のことを思い出す。 春休みの実習の帰り、突然絡んできたアニマに襲われているところを、こうして助けに来てくれたのであった。 「あ、はい。かしこまりました。私はこのまま駅でお待ちしていますね。最後の一人はまだお帰りになっていませんし。」 少し寂しげにみえる面立ちで彼女は言った。 初めて会った時彼女は、こちらの話も通じず怪しい勧誘じみた内容で狩人になるよう諭してきたコミュニティ障害者だった。すっかり敬語の抜けない知人くらいの感覚になったものだと思う。何より会話が成り立っている。 その時は完全に怪しい人を避ける感覚だったが、今日と同じようにすぐ別れたのだった。 そしてその時も彼女は、自分たちを待つと言ってその場に残り続けていた。 あの日のやり取りを、全く違う感覚で繰り返しているようでなんだか変な感覚だ。 一抹の懐かしさを抱きつつ彼女と互いに背を向けて歩き出す。 彼女と話すと何処か暖かい気持ちになる。 彼女の過去のことを聞いているためだろうか、何処か哀愁を漂わせる言動と、身内第一の姿勢を見ているとなんとも言えない感覚に襲われるのだ。 「顔、ニヤけてるぞ。」 ロンに言われてハッとする。 思わず隣を見ると、目を細めてにっと口角を上げる彼が居た。純粋な笑顔と言うよりも、面白い玩具を見つけた時の顔だ。 「なんだよ。春休みの事思い出してただけだ。」 「ふーん。」 ロンと別れる交差点まで、他愛もない会話をして田舎の道を歩いて行った。 彼女と出会ってから日々の生活も、将来の未来予想図も大きく変わってしまった。 奪われた命も、立ち去ってしまった者もいた。 全く関わりのなかったアニマ達と接し、色々考えるようにもなった。 変わった中で取り戻すように送る、今までと変わらない生活が心地良いと共に、変わった部分で出会った人達とのやり取りに胸を躍らせる。 達観したような顔して同級生達を見ているつもりの立ち位置の2人だが、浮かれているのは友人達と同じなのだなと、そう思った。
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