第57話:伐性の斧(下)

3/6
18人が本棚に入れています
本棚に追加
/83ページ
不思議な感覚だった。 無重力……というのだろうか。 目の前で起きた強烈な閃光に思わず目を閉じた。 その瞬間、黒くなったはずの視界は真っ白に染まり、一瞬にして身体が常に感じているありとあらゆる感覚が抜け落ちたような気がした。 重力を感じる足先の触感。 風の流れを受け取て少しだけ冷やされる肌の温度感覚。 常に何かしらの音を拾い続ける聴覚。 その全てを感じなくなったと認識したその瞬間、それら全ての感覚器官は再び然るべき活動を再開していた。 無重力に一瞬だけ晒されたかのような、そんな不思議な感覚だったように思う。だがそれも刹那の出来事で、今はもう既にその名残すらもなく、自分はただ目を閉じて立ち尽くしているようだった。 着地でもしたかのように突然重みを感じる足の裏。 露出した肌を撫でていく生暖かい空気の感触。 静寂を破って鼓膜を打ち鳴らす夏虫達の大合唱。 同時に眼前の白は黒ずみ、閉じた瞳にはいつも通りの暗黒が戻った。 恐る恐る目を開ける。 自分が立っていたのは、漆黒の闇が覆うどこかの野外だった。 ぽつりぽつりと並ぶ街灯の下にベンチや低木が見える。夜の公園のようだ。 そして、目の前にはこちらを向いて立っている少女の姿があった。 「人間も無事に運べるのね。」 そっと目を開きつつ彼女は独り言のようにそう言った。 「うっおぉぉ!すっげ!これがワープってやつ!?オリアスちゃんすっげぇじゃん!!」 今度は背後で聞きなれた声がはしゃいでいる。 「マジで別の場所に飛んだのか?」 友人であるギータンとロンが、いかにもおったまげたという間抜けな顔で辺りを見渡している。 「な〜に豆鉄砲喰らった鳩みたいな顔してんの?なっさけないわねぇ〜」 そう言って目の前の少女はこちらを見てため息をついた。 …一番間抜けな顔をしていたのは俺、カイア自身だったらしい。声も出ないくらい驚いたのは事実だが。 「マジでワープなんてできるんだな……いやはや、凄いですね。」 と何とか返事をする。 男3人に褒められ気を良くしたのか、ワープを使った張本人のオリアスは、得意げな……少々気恥しそうな顔でふふんと鼻を鳴らした。 「レラっちが言ってるから合ってるとは思うけど。さっさと探すわよ。」 橙色のツインテールをふわりと靡かせ、オリアスは背後を振り返る。 そう、今自分達は、幼馴染であるシュウを助けに来たのだ。オリアス達の同僚・グレモリーに攫われた彼を。 「レラっちは?」 ギータンが問う。馴れ馴れしくも早速あだ名だ。 「まだ着いてないみたいね。あいつは嗅覚に犬になるみたいな魔法が使えるのよ。多分、グレモリーの痕跡を見つけて、その薄まり具合とかから距離とかを推測してここだと思ったんじゃない?」 「へぇ〜……嗅覚の鋭い忍者ねぇ。そりゃ隠密行動の役にも立ちそうだ。」 思ったことをギータンが口にする。 「実際ここはグレモリー御用達のデートスポットよ。人が立ち入り禁止になる夜の時間を見計らってここに来てるって話は本人から聞いたことがあるわ。」 デートスポットねぇ、 と呟きながら辺りを見渡す。 高台になっているようで、森の木々の隙間からバンレイハイの夜景が一望できる。 それ以外は暗闇で思わずゾッとするような場所ではあるが、どうしてなかなかロマンチックだとも思った。 「シューーウ!いるかー!?」 「いるなら返事しろー!」 ロンとギータンが声を上げる。 自分も叫ぼうとしてやめた。 そういえばオリアスはこの場所は夜立ち入り禁止と言わなかっただろうか。 警備員とかがいれば大変な事になる気がする。 その懸念は正解だったようで、オリアスも 「ちょっと!ここは今立ち入り禁止なんだから!大声出さないで!」 と誰より大声で怒鳴っていた。 オリアスを先頭に男達は左右にフラフラ寄り道しながら進む。 彼女は優先的に見たい場所があるのか、辺りは見渡せど寄り道してまで探す素振りはない。 「もうすぐ1番の絶景スポットよ。多分いるならそこだと思うわ。」 こちらの疑問を察したように彼女は言った。 「……読心術?」 思わず零す。 「は?何が?」 強めの口調で蔑まれた。この人はいちいち強めの返答をするタイプらしい。 「いや〜、さっきから心でも読まれてるのかってくらい先回りで言ってくれますし。」 「別に。あんたに関しては顔に思いっきり出てるだけ。」 そりゃまじっすか、と頭を搔く。 ワープ後も多分1番唖然としてたんだろうなぁと思うと非常に気恥ずかしくなってきた。 歩を進めるほどに虫の音が少し遠ざかり、吹き抜けるぬるい風が強さを増したように感じる。 目前には、紺色の景色の中に暖色の街明かりが芝桜の花畑のように広がっている。 中々見事な景色だ。 そんな中に、ふと2つの人影を捉えた。 2つの影の間で、銀色の淡い光がギリギリと煌めいている。 「シュウ!」 「グレモリー!」 男女の声が同時に違う名前を叫ぶ。 その声を聞くと、2つの影は少しジリジリと動きを見せた後に素早く距離をとった。 暗闇の中にぼんやりと浮かんできたシルエットは、紛れもなく幼馴染であるシュウと、昼に彼を連れ去ったアニマ・グレモリーだった。 背が高く顔立ちの整った2人の並びはなかなか映えているようにも思う。 しかし、こちらを鋭く睨んだ憎悪に満ちた狂気の瞳とでも称すべき赤紫の眼光は、折角の容姿も台無しな程に恐ろしい。 オリアスとカイア達はすぐさま駆け寄ろうとする。 「来ないで!」 ヒステリックな叫びが響く。 「プライベートには踏み込まない約束でしょう?オリちゃんこんな所に何しに来たの?」 と思ったら一転していかにもお姉さんらしい甘い声で続ける。 何と言うか情緒不安定というか。これが本物の狂気と言うやつだろうか? 「シュウ無事か!」 追いついてきたロンがカイアの横に並んで声をかけた。 「……よくここが分かったな、お前らすげーや。ホントに助かったぜ。」 腰を落として身構えたまま、視線だけこちらへ向けてシュウは応えた。 よく見ると膝が軽く笑っている。 上手に人前では見栄を張る彼だが、本当は結構なビビりだ。一人でこんな場所で刃物を向けられたのはなかなか恐怖だったに違いない。 ……自分でも発狂するなど正直思う。 「もうやめよ?グレモリー。なんであんたはいっつもそうやって刃を剥くのよ。わざわざ犯罪行為に走って何になるわけ!?」 オリアスはグレモリーの方へ声をかける。 「私の恋路よ?オリちゃん達に割り込まれる筋合いはないわ。」 赤紫の瞳をキッとこちらへ向けたままグレモリーは答えた。 「筋合いはない?そんなこともないでしょ!?あんたが人を刺す度にこっちも色々迷惑蒙ってるんだから!」 そりゃそうだと横で聴きながら思う。 アニマだからかは知らないが、人里に紛れて警察の目を掻い潜り続けているならとんでもない連中である。 「一々バイト辞めて他のとこ受けに行ったり!」 「警察の人に何回も質問されたり!」 「アンタだけいつもどっか逃げて隠れてるだけじゃない!」 ……今までなんで止めなかったんだろう。 人間の生死はどうでも良くても、流石にオリアスから見ても大迷惑この上ない。 シュウはこの隙にそろりそろりとこちらへ歩を進めている。こっちに合流してしまえば、グレモリーも戦意を喪失するかもしれない。 「うるさい!オリちゃん達まで私の事分かってくれないのね……?」 銀色の刃を握る腕が、わなわなと震える。 「ちょっと、落ち着きなさ…」 「黙って!!」 オリアスの声を跳ね除けるように、ヒステリックな悲鳴が木霊する。 「分かったわ。そうなのね、やっぱりみーんな私を拒絶するのね。全部私が悪いのね?」 何も分かってない。それは分かる。 が、情けないことにグレモリーに対して男3人はかける言葉が見つからない。 下手なことを言ったら、その途端刃がこちらへ突っ込んできてBADENDだ。その恐怖が喉で言葉を塞き止める。 そして何より、男3人駆け込んできて尋問しても強気な姿勢を崩さなかったオリアスの態度に、躊躇いというか戸惑いがあることに気がついてしまったのだ。 気の強そうなつり目の瞳は変わらず友のことを見つめているが、潜めた眉と口元のこわばりは、彼女がグレモリーに対して恐れを抱いていることは容易に検討がついた。 「みんな死んじゃえばいい。」 ぽつり、暗闇に憎悪の言葉が零れる。 灯篭の花畑を背に宵闇に紛れる女は、肩を震わせゆらりゆらりと不気味に揺らめいている。右手に握った刃物をグッと握りしめて。 b1dabb89-19bb-4bfb-8f8c-5f1c71a73461
/83ページ

最初のコメントを投稿しよう!