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6
見慣れた自分の家の扉が、今はもう違う世界への扉のように感じてしまう。
日曜日。私は自宅の扉の前で開けるのを躊躇していた。
これからは、いうなれば決戦だ。
戦うのは嫌いだけれど、私はこの戦いに参加し勝利しなければいけない。
ふぅーっと息を吐いた。
「無理しなくていんだよ。あおいにはもう帰る家があるんだから。」
私の手を握って、この状況なりを自分だって不安だろうに笑顔で気遣ってくれる人のためにも。
ヨシっ。
鍵を開けて扉を開けると、母が玄関に正座して待っていた。
「ただいま。」
そう告げるなり、母は涙をぽろぽろこぼしながら、「湊くん、ありがとう。」と深々と頭を下げた。
湊は母に歩み寄り肩に手を置いて「お母さん、もう大丈夫だから。」と気遣った。
母は湊に縋るようにして、うんうんと頷いて泣きながらも笑顔が見れたけれど、私の心はピクともしなかった。
そこへ扉が開いたかと思うと祖父がやってきて、「どうしたんだ。」とぽかんと口を開けた。
あまりにも見事なびっくり顔に、微妙な空気が一気に和んだ。
父は仕事で急用が出来てしまい、少し出かけているとの事だった。
上生菓子を買ってきたので母に渡すと、祖父が茶室へお茶を点てに行ってくれた。
我が家は真っ白なモダンインテリアながら仕切りを開けると茶室がある。
茶道が趣味の祖父の為に母が設計の際注文したそうで、祖父は来るといつもお茶を点ててくれる。
湊が緊張すると可哀想だからと、祖父は点てたお茶をリビングのテーブルに運ぶよう私に指示した。
茶碗をテーブルに座る湊の前に置くと、湊は目をまん丸にして茶碗を覗きこんでからパッと顔をあげると、私に口パクで何か言ってきた。
ん?
近寄って耳を寄せると「何回回すんだっけ?」と言われ、小さな声で「回さなくていいよ。」と答えた。
その答えが不満だったのかまた口パクで何か言ってくるので、また耳を近づけると、「回さないなら俺どうしたらいい?」と言った途端になんだかその顔が可笑しくて可笑しくて、私は笑いを堪えるのに必死になっていた。
「あおいちゃん、本当に元気になったのね…。」
そんなわちゃわちゃしている私達を見てだろう、母はお盆を持ったまま呟いた。
「そうだよ。湊がいなかったら今日は私のお葬式。」
先制攻撃を開始した。
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