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探しにいかなくちゃ。
母はうつろな瞳でそう呟いた。
骨が浮き出るくらいに痩せ細り、一度も染めた事がないから綺麗なのよと自慢していた髪の毛の黒色は抜け落ちた。
さびしい形が窓辺にぽつり。
僕は頭の中に枯れた花を一輪思い浮かべた。
そして不謹慎だと、ごめんねと唇を動かしてから僕は折れそうに薄い肩に手を置いた。
身軽という言葉は時に自由を表し、明るい一歩を踏み出せそうにも取れる。
母は身軽だ。重たそうな持ち物は何一つ持っていない。
なのに母はちっとも幸せそうじゃない。
煌びやかな衣服も、胃がもたれる程豪華な食事も、甘い言葉を囁き群がる人間も、煩わしい心の浮き沈みも、何もかもがなくなった。
これで良かった。あの男が母に飾り付けた重石はすっかり消え失せたはずなのに。
きっと母は手離したんじゃなくて、落としてしまったと思っているんだ。
だからどこかに美しいまま落ちているそれを探しにいかなくちゃと、窓の外に眼を光らせる。
可哀想、かわいそうに。
落としてもない落としものは、どこを探しても見つからないよ。
窓の下に波打つ真っ暗な海を見て、僕はもう一度ごめんねと呟いた。
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