別れ。

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別れ。

俺は東雲理人。 人は俺のことを天才プログラマーと呼ぶ。 確かに、三歳の時FBIのサーバーをハッキングしたのは悪かったと思っている。 一つ言い訳をさせてもらうと、ハッキングしたという自覚はなかったんだ。 ただの、データを覗くゲームだと思っていた。 しかし、実際は違った。 世界的な組織のサーバーをハッキングしたのだ。ごめんなさいでは済まされない。 三歳とはいえ、それ相応の罰を受けることになるだろう。 三歳で人生を詰むとは親でさえ思っていなかっただろう。 俺にはFBIから多額の損害賠償という名の借金ができた。 こんなことをした俺に世界は優しくない。批判も殺到した。 親もそれに耐えきれず、心を病んでしまった。 そんな時だった、あの大手IT企業からスカウトが来たのは。 その企業は、俺にかけられた借金を肩代わりするかわりにうちの会社で働けと言ってきた。 俺一家にとっては、雲間から見えた一筋の光だった。 両親は喜んでその話を了承した。 それまで俺のことを批判していた世間は手の平を返した。 今までは犯罪者だった俺は、天才ともてはやされるようになった。 あの話がなければ今の俺はいない。 あの人のおかげで俺は今まともな生活をできている。 入社したとたん、すぐに出世していった。 順調な人生だったんだと思う。 しかし、小さなころから大人といたせいで同世代の子供たちとは話がまったくかみ合わなくなっていた。 そりゃそうだ。学校にもほとんど通っていない俺は、子供の常識なんてものはわからない。 俺は孤立していった。天才とうたわれた俺は孤独だった。 両親は俺が仕事を始めたのを機に仕事を辞めた。 子供である俺の稼ぎの方が多かったからだ。 プレッシャー、責任、生活。普通の子供にはありえないほどの重さが俺の両肩にはかかっていた。 両親は変わっていった。俺の稼ぎなのをいいことに、高価なブランド物ばかり買う。 俺は両親の金蔓…いや、奴隷となった。 いくらプログラミングが出来ても、どんなに賢くても、俺は所詮子供だ。 一人では生きていけない。生活できない。 逆らうことはできなかった。 そんな毎日が十年も続いた。 その頃には、辛さも悲しさも虚しさもなくなった。 ただ仕事をするだけの道具になった。 何もつらくなくなった。同期からのいじめ、両親の虐待。すべて諦めていた。 でもそんな毎日でもプログラミングがあった。これは俺の生きがいだった。 自分が作ったもので誰から喜んでくれている。そう信じて心を保ってきた。 そんな日々も終わりを告げた。 その日は深夜、会社からの帰宅途中。 一匹の猫を見つけた。余談だが俺は極度の猫好きだ。 あのモフモフとした毛並み、気まぐれに寄ってきて気が向いたら帰る。 自由気ままな生物に俺は惹かれた。 犬のように人間の言いなりな姿を見ていると、俺のようで苦しくなるのだ。 来世は猫になりたい。それも、野良猫ではなく愛されている家猫。 幸せな生活を…愛されたかった。 道具としてじゃなくて、俺を見てほしかった。 猫が車に引かれそうになっていた。 その猫は、俺になついてきてよく可愛がっていた猫だった。 空っぽな日々の癒しだった。唯一楽しい時間だった。 時間が止まる。気が付くと、車の前に飛び出して、猫を向こう側に放り投げていた。 驚いたように猫がこちらを振り返る。 「キキーッツ」 眩しいライト、ブレーキ音に、運転手の焦ったような顔が見える。 スローモーションで車がぶつかってくる。 遠くで誰かの悲鳴と悲しげな猫の鳴き声がした。 眩しくて思わず目を開ける。 目の前には、炎に包まれた家があった。 家の木材がこちら側に倒れてくる。 周りを見渡すと、他の家や建物も同じような状況だった。 一体何があったんだろう。パニックになる。 目の前で女の人が下敷きになった。 慌てて近づくと、その女性は俺に向かって叫ぶ。 「リヒト!逃げなさい!こちら側に来てはダメよ!」 その声を聞いて思い出す。ああ、この人は俺の母親だと。 無意識に声が出る。 「母さん!?大丈夫…なわけないよね。どうしよう。誰か来て!」 「リヒト。いい?今からいうことをよく聞いて。この村は、今帝国の襲撃を受けているの。 だから、早く森へ避難しなさい。誰も人が来ないところまで…遠くへ逃げて。 わかった?賢いリヒトならできるでしょ?」 「でも、母さんは!?母さんはどうするの?一緒に逃げようよ!」 「私はあとから行くから。大丈夫よ。」 その言葉を聞いて悟る。母と会えるのはこれが最後だと。 無理だとわかっているけれど、一緒にいたかった。 「母さんはここにいるなら、俺も残る!」 「ダメよリヒト。父さんと約束したの。リヒトは何があっても守るって。だから…ね?」 なにか言いたいのに言葉が出てこない。 「6歳のお誕生日おめでとう!母さんも、父さんもリヒトのこと大好きよ。今までありがとう。 さあ、行きなさい。母さんもあとから追うから。ね?約束よ。また会えるから。」 絶対に守れない約束。母さんの優しい嘘。守れないとわかっているけれど、信じたい嘘。 しかし、ここで何も言わないと一生後悔する。 震える唇を開いて、言葉を絞り出す。 「母さんも今までありがとう。俺も母さんのこと大好きだよ。絶対に忘れない。」 二度と会えない。でも、もしも会えるとしたならば。 「来世も父さんと母さんの子供に生まれたい。生まれ変わって…100年後にまた会えるよね。」 「約束よ。母さんも来世もリヒトの母さんになるからね。リヒトは生き延びて。辛いと思うけど、生き残って。」 「わかった。ありがとう。約束だよ。」 火の手が回ってくる。そろそろ行かなくてはいけない。 約束が守れなくなってしまう。 母さんに背を向けて歩き出す。 「リヒト。いってらっしゃい。また会おうね。大好き。」 背中越しに母さんの声が聞こえる。 「うん!いってきます。」 涙で視界がぼやける。 それでも俺は走り続けた。 母さんとの約束を守るために。
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