癒し系始めました

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「癒し系って何かしら」  俺の席の横に立つ女子高生が唐突に口走った。  長い黒髪に、切れの長い眉、気の強そうな目つき。白い透明な肌にスラリとした長身と、見事なスタイル。  非の打ちどころのない美女の名は『氷雨(ひさめ)涼子(りょうこ)』子供のころからの長い腐れ縁だ。  理解不能である。午前の学校の授業が終わり、持ってきた昼飯の弁当を食べようと鞄から取り出した矢先のことだ。  何故急にこんな事を言い出したのかは不明だが、コイツの無茶ぶりは今に始まったことじゃない。 「いきなり何を言ってるんだ、お前は」 「分からないのよ。ねぇ、癒し系ってどういう事かしら」  こっちが聞きたい。  涼子は空いている隣の席に座ると、じー、とこちらを見て待機していた。 「悪いが涼子、弁当食べたいから後でいいかな?」 「分かったわ。最後の昼餐、ゆっくり味わうと良いわ」  笑顔で柔らかな物言いだった。  拒否権なし。まだ開けてない弁当箱を静かに鞄にしまう。 「で、話の内容は? 漠然と癒し系って言われてもわからないぞ」  涼子はポケットから携帯を取り出し画面をみせてくる。  画面の内容は『今、癒し系女子が熱い! 時代はキュートから癒しだ!』なんていう特集記事が組まれたサイトの画像だ。  癒し系、というのは癒し系女子って言う事か。  なるほど、時代の流行りに乗りたいという乙女心だろう。 「理解していただけたかしら? そこで癒し系女子が大好きって豪語していたあなたに相談しにきたのよ」 「え? 俺一言もそんなこと言ったことないぞ」 「・・・・・・・・・・・・」 「・・・・・・・・・・・・」 「このサイトに書かれてる癒し系女子の説明だと理解できないのよね」 「ちょっと待て、今の間は何?」 「私には理解が難しいから、あなたのご高説を聞きにきたわけよ」  涼子の目が鋭く俺を見据える。  聞くな、と無言のプレッシャーを与えてきている。  参ったな、俺もそんなに詳しいわけじゃないからな。  ネットで調べたら? と伝えたら絶対怒るに決まってる。何か涼子が納得できるような回答を考えなければ。 「そうだ! 花憐(かれん)ちゃんみたいな子が癒し系だよ」  花垣(はながき)花憐(かれん)という同じ一年生の女子。  背丈は百五十程度の小ささで、ツインテールの女の子。表情豊かで仕草の一つ一つが愛くるしい。  男女問わず人気で、一緒に居ても心安らぐ。正に癒し系の代表選手と言っても過言ではない。 「花憐? あの、隣のクラスの子?」 「そうそう。あの子が正に癒し系だよ」 「そう。じゃあ、直人。あなたに質問するわ」 「なんだい?」 「私は癒し系かしら」  絶句。  癒し系・・・・・・というより、威圧系? 「何で・・・・・・そんな事聞くの?」 「花憐さんが癒し系、という事は私も癒し系でしょ?」 「ふぁ!?」  いやいやいや! 全然違う! 全くの正反対。対極の位置ですから!  涼子は長身でモデルのような体型で、可愛いというより、カッコいいの表現が適している。  表情は大体氷のように無表情。クールビューティーという言葉がぴったりの女性だ。 「聞くけど、花憐さんの何処を自分と比べたの?」 「衣装よ。花憐さんとは結構服の好みが似てるのよ」 「いや、それは全然関係ない」 「そうなると、ますます分からないわね」  これは苦しい。  どうする? あんな癒し系を具現化したような花憐さんを見てこの反応。俺には涼子の納得する満額回答は不可能に近い。 「そ、そういえばさ、他の友達に聞いてみたらどうだ? 俺より詳しいと思うぞ」 「他の方に聞いたら全員直人に聞いてくれって言ったわよ」  ちくしょー! 全員考える事同じかよ!  既にお鉢が回り回って最後の俺にお鉢が回ってきていた。  どうする? テストの問題よりも難しいぞこれ。 「い、癒し系というのは、近くにいて癒される~って人の事だよ」 「そう。だからそれはどういう人なの?」  それが花憐さんみたいな人なんだよ!  サイコロの出目が一から六までで、六マス以内は「スタートに戻る」マスしかないぞコレ!  周囲の人間に助けを求めるように視線を送る。だが、目を合わせると直ぐにそらされる。  涼子のイライラが募ってきたのか、頬杖をついて机を指で何度もトントン、と叩いていた。 「それで、癒し系って何?」  涼子の眼に力がこもる。  怖い。もはやここまでくると尋問である。 「りょ、料理! そう、癒し系とは料理だ!」 「料理? どういう意味かしら」 「料理にはストレス解消の効果があって癒しの効果があるんだ! ほら、食べると気持ちがすっきりしないか?」  自分で何を言ってるのか分からなくなってきた。  ただ、涼子を納得させるためだけの嘘をついてしまう。  我ながらこんな出鱈目な意見、流石に聞くわけがない。 「なるほど・・・・・・癒し系ってそういう事だったの」 「聞くんだー!」  驚きすぎて声が出てしまう。 「確かに料理に使われる香草(ハーブ)には癒しの効果があるわ。そうか、料理のできる女性が癒し系女子なのね」    自問自答して完全に納得している様子の涼子。それ、完全に誤解だぞ。  正しいかどうかは置いておいて、納得してもらえるなら良かった。 「まぁ、そういう事だ。納得してもらえて幸いだ」 「えぇ、流石は直人ね。それじゃあ今日一緒に帰るわよ」 「ああ、そうだな。一緒にかえ・・・る? なんで?」 「料理するからよ。直人に癒し系女子として私がどれぐらいなのか評価してもらうわ」 「え? それってつまり、涼子が料理を俺に振舞ってくれるってこと?」 「そうね」  味気ない返事の涼子。  何だこの展開は? 誤解に誤解が重なって奇跡が生まれたぞ。  冷静に装いながらも、心中は喜びで舞い踊る。まさか、涼子の手料理が食べられるなんて。  ちなみに、涼子とは幼いころから好きではあるが、恋人関係ではない。友達である。  進展の期待の意味も兼ねて、これは期待せざるを得ない。 「それじゃあ直人、一緒に放課後帰るわよ」 「お、おう! わかった!」  ♦♦      ♦♦ 「それじゃあ、適当にくつろいでて」  両手に抱えた大量の買い物袋を持って、涼子はキッチンの方へと向かった。  一緒に下校した後、涼子と一緒に近所のスーパーに夕飯の買い出し。自分の家族の夕飯と一緒に俺に振舞う料理の材料を選ぶ。  隣で見ていたが、結構な魚と野菜を購入しており、いったいどんな料理を作るのか見当もつかなかった。  涼子の家に来るのは初めてではないが、相変わらず綺麗に片付いている。  キッチンの方はアイランドキッチンで、材質は大理石。白を基調とした空間で、天井からつるされたペンダントライトがお洒落だ。  その隣で食事をするスペースがあり、広い楕円の形状をした木製テーブルが中央に設置されており椅子が周囲に  五つ配置されている。  とりあえず、扉に近い席に座る。 「涼子のお父さん達は遅いのか?」 「そうね。二人とも遅くなるって言ってたわ」  涼子はこっちを見ることはなく、大量の買い物袋から材料をキッチンの空いたスペースに置いていく。  テキパキと動いて買い物袋を片付けると。 「ちょっと着替えてくる」  入ってきた扉から再び出ていく。数分の後、再び扉が開いた。  涼子は白のカジュアルな服に、黒のパンツスタイル。長い髪を耳の辺りで後ろに縛ってポニーテール姿で登場した。  見慣れない髪型と服装に思わずドキリとした。 「今から支度するから」  キッチンに戻り、涼子は壁にかけてあったエプロンを手に取り、身に着けた。 「え! 涼子それ!」  なんという事か。信じられないものを目の当たりにしてしまった。  涼子がつけたエプロン。それには薄いピンク色のエプロンで、その上にデフォルメされた可愛い猫が、大量にプリントされていた。  何時もクールな印象の強い涼子が、そんな愛らしいエプロンをつける姿を想像してなかった。 「何?」  首をかしげる涼子。  こ、これだ! たとえ本人は冷たい人間であっても、それをアクセントに可愛いものをつければ一瞬にして癒し系に変化するじゃないか。 「い、いや、癒し系だなぁって思った」  本人は全く意味が分かっていない様子だが、今のお前は癒し系女子だ。  涼子は俺に背を向け、まな板の上に魚を乗せる。俺の位置から涼子のやることが見える。  なんという夢のようなシチュエーション。  トントン、と優しい包丁の音色に、味付けに四苦八苦する涼子の姿をイメージするだけで  俺の心は安らぐ。ああ、癒し系万歳。  ほっ、と和んでいる最中。  ッターン! というまな板に包丁をおとした音がキッチンに響き渡る。  見れば涼子が魚の頭と尻尾を迷いなく、落としていた。  その包丁の勢いが凄すぎて、魚の血が涼子の頬に散ってへばりついていた。  無表情。魚を見る目は明らかに殺人鬼の目。  一流の料理人のように躊躇なく魚を三枚におろす。手際が良すぎて怖い。  同時進行で野菜を洗い、それを切っていく。  タタタタ、と小刻みで正確無比な動き。調理した野菜を鍋に入れる様子はさながら魔女。  違う。想像と全然違う。  家の中を和やかにする家庭的な主婦の姿はそこにはない。  一切の妥協を許さない、氷の精神を持つガチな料理人の姿がそこにあった。  できた料理を涼子は皿に盛りつけていき、銀のトレーに乗せてテーブルに運んでくる。  ドン、ドン、ドン! と思わず料理が飛び出しそうな勢いの置き方。  自分の対面に位置する席に涼子は座った。 「白身魚の香草ムニエルに、野菜と香草のサラダ、香草のスープに、香草を混ぜたご飯よ」  全部香草入り・・・・・・!  すごい絵面だ。俺も流石に香草のフルコースは人生で一度も食してない。  見た目は鮮やかだけど、これ全部食えるか? 「い、いただきます」  おそるおそる、香草のムニエルに手を伸ばし一口食べた。 「う! 美味い!」  信じられない美味さ。似たような料理は食べたことあるけど、別格だ。  香草のフルコースは予想を裏切る美味さで、気づけば全て平らげていた。  はぁ、感無量。 「その様子だと、感想は聞かなくても良さそうね」 「ああ、美味しかったよ。ごちそう様」  箸を置いて、手を合わせる。 「どうだったかしら私の癒し系女子としての力量は」 「いや、申し分ないよ。最高だった」  実際、癒し系としての実力は置いといて、料理の腕は本物である。  その言葉に涼子がご満悦になったのか、皿を下げる時、微かに鼻歌を歌っていたのが聞こえた。  日も暮れて流石にこれ以上お邪魔するわけにはいかない。  当初の涼子の目的は達成されたので、帰ろう。 「それじゃあ帰るよ、今日はありがとう」 「あら、帰るの?」 「ああ。流石に遅いからね」  片づけをしていた涼子は手を止め、俺に近づいてくる。  そして、スッと白い紙のようなものを差し出してきた。  訳も分からずそれを手に取り、みる。  レシートだった。  つらつらと長い買い物したリストが書かれており、そこには最後に四千円と記されていた。 「・・・・・・何これ?」 「見ればわかるでしょ、レシートよ。今日使った材料費、返して」 「えぇ! あれ、タダじゃないの!」 「一言でもタダって私が言ったかしら?」 「言ってない」 「利口ね。体で払うか、金で払うか選択させてあげるわ。むろん、金で払う方が利口よ」  有無を言わさぬ鋭い眼光。  訂正。やっぱりコイツ、癒し系じゃなくて威圧系だわ。
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