3.アイボリー

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3.アイボリー

千広とメールをしなくなって一週間。凛は何度もスマホの画面を確認するも、やっぱりメールが来てなくてガッカリしていた。寮の自室のベッドで寝転んで、スマホに入っている千広の写真を眺めていた。 (千広さんも怒ってるわけじゃない。俺を心配してくれてるんだ) そう分かってるはずなのに、何故か謝ることができない。このままではこじれていくばかりだ。市瀬と田辺が言うように自分のわがままなんだろうなと落ち込む。はあ、とため息をついていると突然スマホが震え出して着信を知らせてきた。 「わ、わっ」 画面を見ると相手は千広からだ。 『もしもしっ』 『凛』 一週間ぶりの千広。その声で名前を呼ばれた瞬間に、凛の感情が爆発した。ベッドの上に体を起こして何故か正座をする。 『千広さん! ごめんなさい! わがまま言ってばかりで』 凛の一生懸命な声に、千広は苦笑した。少し間を開けて諭すように話す。 『俺の方こそごめんな。あんなにきついこと、言ってしまって』 その言葉に凛は全身の力が抜けた。ようやく仲直りできた、と。連絡出来なかったら一週間だけでも喪失感が半端ないのは距離があるからだろうか。 『凛、昨日あのメールの相手に会ってきたよ』 『えっ、いつの間に……てか千広さん、活動やらないんじゃなかったの』 『思いなおしたたんだ。ちょっとクサイこと言うけど……俺と凛の運命、進むか沈むか、分かんないけど一緒ならそれだけでいいのかなって』 照れ臭そうに千広が笑う。 『なにソレ。人が変わりすぎて、笑えるんだけど』 凛の声がうわずって震えている。 『はは。泣きながら、けなすなよ……なあ今から外に出れる?』 時計を見ると十八時過ぎだ。今から出ても、門限に間に合う。 『出れるならあのピアノの前で待ってるから』 凛は走りながら、ピアノの前まで来ると見覚えのあるトレンチコートのサラリーマンの背中が見える。そのサラリーマンはピアノを弾いていた。夜の駅前を歩く人達を癒すような優しい曲調。チラホラとそのサラリーマンを見る街ゆく人達。指を咥えながら音楽を聞いている幼児もいた。 (千広さんだ) その光景は初めて見たときの様子と同じ。久しぶりに千広がピアノを弾く姿を見て、凛は目が熱くなる。 (やっぱり一緒に弾きたい) ピアノの音がすうっと止まり数人が拍手してきたので千広はお辞儀をしながら振り向く。すると凛が近寄ってきて、立ちあがろうとした千広の肩を押し、椅子に座らせた。そして自分も座り鍵盤に手を添える。 「千広さん、一緒に弾こ」 凛はとある曲の一小節を弾く。以前、千広が凛に恋愛をテーマとして書いてとリクエストされたあの曲だ。千広は笑うと二人でピアノを奏ではじめる。二人の音楽に惹かれるように人が一人、また一人と立ち止まる。顔を見合わせながら楽しそうに弾く二人。曲が終わるとまたもや拍手が降り注いで、凛と千広は初めてセッションした日を思い出していた。 「凛、あの話受けよう。やっちゃおう、二人で。一緒にいよう」 嬉しそうにピアノを弾く顔も、二人っきりの時に見せた顔も、少しいじけた顔もずっと見ていたい。そう思いながら千広は凛の頭を撫でる。 「千広さん……」 凛は千広の顔を見て、何度も何度も深く頷いていた。 その後、ファミレスで夜ご飯を食べながら一週間分の話を凛は嬉々として千広に聞かせた。うんうん、と千広は笑顔でその話を聞いている。 「千広さんは? 何かあった?」 「うーん、そういえばさ……昨日会った人なんだけど男同士で同棲してるんだって」 「えっ! 仲間?」 「ま、まあな。でさ、何故か凛と俺が付き合ってるのがバレてる」 ブハッと凛は飲んでいたメロンソーダを吹きそうになる。慌ててお手拭きで口元を拭う。 「なんで?」 「雰囲気で分かったらしいよー。びっくりしたさ。でもいい奴っぽいから、凛もきっと仲良くなれると思う」 早いうちに会わせたいな、と千広が言うと凛はいつにする? とスマホのカレンダーを見せる。気の早い凛に千広は大笑いした。
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