第30話一方その頃、領地では・・・崩壊

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第30話一方その頃、領地では・・・崩壊

「当主様っ!大変ですっ!!」 「なんだ騒々しいっ!!」 この忙しい時にドタバタ物音を立ておって・・・ ワシは騒々しく執務室に入ってきた領兵に怒鳴り返す。 クソッ、金が足りない。 このままでは、勇者様に貢物が送れなくなる。しかし、金がない。 バカ息子が勝手に導入した福利厚生とかいうふざけたシステムは、とっくに解体した。シルバーサポートも孤児基金も農業従事者育成支援も、無駄な物は全部解体して金に変えた。 使用人も領兵も大幅にリストラした・・・後はどこから金を捻出すべきか・・・ 「当主様っ!!」 「なんじゃ!ワシは今忙しいのだっ!!」 「スタンピートですっ!森から・・・森からゴブリンの大群が街に向かって来ています!」 「なっ!なんだとっ!?」 バカなっ!ありえない。あの森に魔物こそおれど、ジルフィール史上一度もスタンピート等起こったこともないはずだ。 「・・・規模は?」 「はっ!ざっと数百から数千と思われます!」 「数千だとっ!?なぜもっと早くに発見できなかったのだっ!!」 「申し訳ありません!・・・ですが、それは領兵の数が」 「言い訳など聞かぬ!」 領兵として給金を貰っておきながら、何という体たらく! ・・・この騒ぎが落ち着いたら、全員減給にしてやる。 しかし、数千か・・・ゴブリンといえど、万が一があるな。 念には念を入れておくべきか。 「よし、お前良く聞け」 「はっ!」 「領兵を全てこの街へ終結させ守りを固めよ!ゴブリン一匹たりとも、街の中に入れるな!」 「し、しかしそれでは周辺の村が・・・」 「うるさいっ!お前は黙って私の指示に従えばいいのだ!村なんぞ、いつでも作れるわっ!」 「・・・りょ、了解致しました」 「ふんっ!分かったならさっさと行け、この無能がっ!」 「・・・失礼致します」 ふんっ、イチイチ口ごたえしおって。まるでバカ息子みたいではないか。 くっ、あのバカ息子を思い出したせいか、無性に腹が立ってきた。 ・・・あの領兵は後でクビにするか。 ゴブリン程度なら、領兵だけで対処できるだろう。 それよりも金だ。次はどこから金を作るか・・・ ・・・ ・・ ・ 「お、おい。来たぞ・・・」 「おいおい、ビビってんのか?たかがゴブリンだぞ?」 「俺は実戦の経験はないんだよ・・・お前はあるのか?」 「いや、俺もないけど。先輩達が蹴散らしてくれるさっ」 「そ、そうだよな!」 迫りくるゴブリンの大群を前に、怯えつつもどこか楽観的な新人領兵達。 だが彼らは知らない。高給取りなベテラン領兵は、既にリストラされていることを。 今ここに集まっている領兵は、みな実戦経験がないということを。 「矢が飛んでくるぞぉ!盾を構えるんだぁあっ!!」 「・・・えっ?・・・ぎゃああああ!痛いぃ痛いぃぃい!!」 「いてぇよぉ・・・いてぇ・・・」 「早くこの矢を抜いてくれぇぇえっ!!」 「あがっ!・・・何だこれ痺れっ・・・」 ゴブリンが放った大量の矢に、反応も出来ずに成す術もなく崩壊する領兵たち。 彼らは知らない。ゴブリンの矢には毒が塗られていることを。 本来ならばポーションや毒消しなどが支給されるのだが、それすらも公爵が渋ったことを・・・ 「く、来るぞぉっ!け、剣をかま・・・フギャッ!!」 「ギョギョッ!」 「た、隊長っ!良くもたいちょハギャッ!?」 「ギャギャッ!」 「ギャッ?」 「ギャギャッギャッ!」 「う、うわぁぁっ!」 「に、逃げろっ!無理だこんなのっ!!」 「お、お前たち逃げるな・・・アギャッ」 「「「ギャギャッギャッ」」」 ロクに実戦経験もない領兵は、最早烏合の衆と呼んでも仕方ないレベルの練度だった。 逃げ惑う領兵、それに嬉々として襲い掛かるゴブリン達。 今、ゴブリンの波がザイルクロスの公都を飲み込もうとしている。 ・・・ ・・ ・ 「・・・どうやら、ここまでのようですね」 私は炎にのまれいく街を見詰め、静かに覚悟を決める。 あの炎が、この公爵邸をのみこむのも時間の問題だろう。使用人たちも青ざめた表情で、今も燃え盛る街を茫然と眺めている。 先代公爵に拾われて、例えどんな愚物でも一生をかけて仕えると誓った身だ。今更、死ぬのは怖くない。 ただ一つだけ、心残りがあるとすれば・・・いや、今は考えまい。 今は私のやるべきことをやるだけだ。 「さあ、みなさん。狼狽えているヒマはありませんよ」 「し、執事長・・・」 「ですが、どうしたら・・・」 「落ち着きなさい。・・・この街はもうダメです。ハンナとヨハンは、当主様と屋敷にいる領兵を引き連れて王都に避難なさい」 「「はいっ!」」 「他の使用人は、この屋敷から・・・いえ、この街からお逃げなさい。今ならまだ間に合います」 「そ、そんな・・・」 「逃げたって・・・行くところなんて・・・」 「何をおっしゃいますか!生きていたら、存外なんとかなるものですよ。ほらっ、時間がありません。お行きなさい」 「「・・・は、はいっ!」」 ・・・こんなものですかね。 慌てながらもこの街から逃げる準備を始めた使用人たちに、私は静かに安堵する。 彼らはまで巻き込むわけには、行きませんからね。 当主様を諫められなかった責任は、全て執事長であるこの私が引き受けるべきです。 「し、執事長」 「おや、どうしましたか?」 「執事長は・・・逃げないんですか・・・?」 一人、また一人と使用人が屋敷を後にする中、一人のメイドが私に問いかける。 このような状況下に・・・相変わらず優しい子ですね。 「私は執事長として、最後までこの屋敷を守る義務がありますので」 「・・・そんな」 「ふふ、そう悲しんでもらえるだけで私は充分ですよ。・・・さぁ、行きなさい。あまり時間はないみたいです」 屋敷の外から、轟音が響き渡る。恐らく正門辺りが破壊されたのでしょう。 「・・・今までありがとうございました」 「あなたもお元気で」 危険が迫っていることを察したメイドは、別れの言葉をかけ去っていく。 これで、この屋敷には私一人だけですね。 「・・・シルスナ様」 シルスナ様がいたら・・・と、ついつい思わずにはいられない。 民のことを第一に考え商売にも明るい。まさに領主になるべくして生まれたお方。そして先代と同様、心から仕えたいと思ったお方。 彼が追放された時は、本当に悲しかった。私があの場にいればと、後悔もした。 彼を追いかけ仕えたかったが、彼よりも先代の恩を優先してしまった。 「・・・今更考えても詮無き事ですね」 「「ギャギャッ!」」 屋敷のドアを蹴破り、ゴブリンたちが怒涛の勢いで入り込んでくる。 「おやおや、これは随分と礼儀を知らない方たちですね。ここは栄えあるザイルクロス公爵家の屋敷ですよ。無礼者にはご退室願いましょう」 私は剣を抜き、襲い掛かってくるゴブリンと対峙する。 「・・・シルスナ様。お元気で」 この日、ザイルクロス領は消滅した。
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