第7話閑話 その頃、実家では・・・①

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第7話閑話 その頃、実家では・・・①

ところ変わってジルフィール王国ザイルクロス領にて 「なんだこの報告書はっ!!」 「なんだと申されましても・・・」 シルスナの父でもあるザイルクロス公爵は、激高し報告書の束を机に叩き付ける。怒鳴られた執事長も、ただ報告書を主人の元へ運んできただけなので返事に困る。 「米の生産量が大幅に落ち込んでいるではないか!」 シルスナが、ジルフィール王国を追放されて数週間。たった数週間の間で、ザイルクロス領の景気がガタ落ちになっていた。 特に酷かったのが、新事業でもある米の栽培と販売である。米は長期保存が効き、しかも一つの畑で大量に生産できるという優れモノだ。 これに目を付けたシルスナは、米の大量生産に乗り出した。米農家を募集し集まってきた領民に土地と農具一式を貸し出し、事あるごとに手厚いサポートを行ってきた。 その甲斐あって高品質の米の生産に成功し、近い将来自領の一角を担う目玉商品になる予定だったのだ。実際に他領との取り引きも、かなり具体的なとこまで詰まっていた。 「あの恩知らずどもが!」 「・・・そうでございますね」 今もなお怒りが収まらない公爵を後目に、執事長は内心でため息をつく。 米の生産量が下がった原因は公爵だ。公爵は金の無駄だと言い捨て、手厚いサポートに充てていた資金を凍結。更には土地や農具を貸し出していた米農家に対してレンタル料を要求したのだ。 そして、米の品質と生産量は大幅に落ち込む結果となった。そもそも現段階では、まだ安定した販売には至っていないのだ。それなのに土地代農具代なんて払えるはずもない。多くの農家は廃業し、残って頑張った農家も米の品質が著しく低下してしまったのも当たり前と言えるだろう。 「あの金食い虫どもはまだいい!なぜ、失業率がこんなにも上がっているのだ!」 「それは旦那様が、公共事業を打ち切ったからでございます」 「あんなもの金の無駄であろう!」 「・・・作用でございますか」 シルスナは経済を回す為に、公共事業にも力を入れていた。道路や下水の整備・舗装等を民間に委託し、仕事が領民に行き届くように手配していたのだ。 それが無くなった今、ザイルクロス領では失業者が溢れかえっている。失業者が増えるということは、治安が悪くなるということだ。実際に強盗・窃盗などの犯罪が増加してきており、危険を察知した商人たちが領をどんどんと離れていく始末だ。 (シルスナ様がいれば・・・) 執事長は何も分かっていない公爵に対し、再度ため息をつく。 彼はこの国の出身ではない為、勇者に対して盲目なまでの崇拝心はない。この国でシルスナの能力を正しく評価できる唯一の人物と言ってもいいだろう。 彼が所用で公爵家を離れている間に、シルスナはいつの間にか追放されてしまっていた。 その時、彼は思った。 ザイルクロス領は終わった・・・と。 そもそもの話なのだが、元々ザイルクロス領の経済は大分前から傾いていた。先代の頃から現当主の代まで、騙しだまし何とかやれてきただけだ。 それをシルスナが事業に携わるようになって、一気に経済を回復させたのだ。 (シルスナ様がいてくだされば、この領の未来は明るかっただろうに・・・) 次期当主も含めると三代に渡って仕えてきた執事長にとって、シルスナは為政者になるべくして生まれてきた人物だと思っている。 領民もシルスナを慕っていたし、公爵も自慢の息子だと認めていた。それが勇者が現れた途端に、この手のひら返しだ。勇者に対し何とも思っていない執事長にとっては、領民も公爵もとんでもない愚か者にしか見えない。 「チッ、これでは勇者様にこれ以上献上品が送れないではないか・・・」 「・・・」 公爵はこの状況においても自領の現状を顧みない。それどころか経済の煽りを受けている領民達もどこか楽観的でいた。それは今や国中で、空前の勇者ブームが起きていることが原因だ。 貴族たちは次期国王になる勇者に領地そっちのけで媚びを売り、そのせいで生活が困窮していく領民たちもいつか勇者がこの状況から救ってくれると信じて疑わない。 「クロード。儂は今から王都へ向かう。儂が戻るまでに・・・例の件を進めておけ」 「そ、それだけは、考え直していただけませんか?」 「うるさいっ!良いから言う通りにやれっ!!」 「・・・かしこまりました」 鼻息を荒く出ていく公爵を後に、執事長は頭を抱える。 公爵の言う例の件とは、使用人の給料カット・福利厚生の縮小・大幅な人員削減のことだ。 シルスナは経済の活性化だけではなく、労働者に対しての福利厚生にも力を入れていた。労働者が万全の状態で仕事が出来るように、賃金の底上げ・週休二日制の導入・産休育休等の多岐にわたる労働改革を行っていたのだ。 公共事業によって領民に仕事を回すことで経済面をサポートし、福利厚生を充実させることで生活面もサポートする。シルスナはこの二つの方法で、領地を豊かにしてきた。 しかし、現在はもうそれはない。これから待っているのは、困窮と衰退の一途だけだろう。 「・・・私も身の振りを考えないといけませんね」 執事長は、一人残された執務室でため息をつく。 彼はこれから、使用人たちにこれからのことを説明しなければならないのだ。どう考えても、使用人たちからの反発はあるだろう。どう説明したものかと、執事長は頭を悩ませる。 「勇者様のために耐えましょうとでも言いますかねぇ」 執事長は皮肉を呟くが、恐らく使用人たちはそれで納得するだろう。それほどまでに、領民・・・いや国民は勇者に傾倒している。ただ、それもどこまで我慢できるかはわからないが。 (今代の勇者も・・・哀れといえば哀れなのかもしれませんね) 国民の勇者に対する崇拝は、はっきりと言っておかしい。異常と言っても良いかもしれない。 国民たちは勇者が、自分たちをより豊かにしてくれると信じて疑っていない。だが、肝心の勇者がその過剰な期待に応えれなかったら? 「・・・考えても仕方ありませんね。気が進みませんが、やるだけやってみましょう」 本当は傾きつつあるこの領地を離れることが賢いのだろうが、先代に拾ってもらった恩を返す為にも執事長は公爵家の行く末を最後まで見届けることにした。例えその行く末が破滅しかなかろうと。 「シルスナ様は、お元気ですかねぇ」 執事長は、シルスナのことを思い浮かべつつ執務室を出る。
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