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難しい子がいる、と男の子(従業員はキャストと呼ばず、親しみを込めて男の子と呼ぶ)に呼ばれて仕方なくフロアに出た。ひとりで入店したのにホストと話すことをせず、黙って飲んでいるのだという。
それなら居酒屋でもいいのにな、と首をかしげる男の子に案内され、やれやれと苦笑して彼女のテーブルに近づき、軽く挨拶してから斜向かいに座った。
あ、と気づいて顔をあげる。少し年下だろうか、闇に消えそうな黒のスーツに控えめなパールのイヤリングが揺れる。髪も黒で、印象は普通のどこにでもいる真面目そうな子だ。難しいなんてことがあるのか。
「あなたが店長さん?」
「はい」
ざわりと周囲がゆれる。私はあまり表に出ないため、レアキャラになってるからだろう。
「さっきの人が呼ぶって、言ってたから」
「そう……」
通りかかった男の子に声をかけ、私のぶんの飲み物を頼む。
「あの、それは!」
「いや、自分のは自分で払うよ、気にしないで」
「そう……ですか」
黙ってしまう。まあこれは、扱いにくいのかもしれない。ホストは喋るのが商売みたいなものだから。
場慣れしているわけでもなさそうなのに、オドオドした様子もない。
「にぎやかな場所が恋しかったのかな?」
質問を投げてみた。
「ちょっと、疲れたの」
「そう……。よかったら、話してくれる?」
口を開こうとして、やめる仕草を何度か繰り返す。周囲の耳を気にしているのか、なかなかに傷が深そうだ。不安そうに、耳元のパールがゆれる。
「綺麗なイヤリングだね」
「それ、さっきの人にも言われたわ」
うん、手強い。頑ななのだろうか。
「黒髪が珍しいのと、好きなお酒、血液型、星座、あと何を答えればいい?」
あちゃあ、と目を細める。
「お天気の話でもする?」
「ホストと?」
「ホストと」
不意に込みあげたのか、くすりと笑った。
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