ダイヤモンドの恋

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「てめ、何もんだ!」 「どうします、兄貴」 「捨ててきて」  へい、と低い声を返してくる。私を兄貴と呼ぶのはやめなさい、と何度言っても直らないから諦めた。  リキは手慣れた様子で男を連行し、店の外に放り出していた。その頼もしい姿に、女の子たちからお褒めの言葉をもらっている。強面だし、普段は無口な男なので指名は少ないのだが、そばにいてくれると安心感が凄い、という理由でそこそこ人気のあるホストだ。 「あ、ありがとうございます……」 「いや、たまにあることだし、慣れてるよ。さて真知ちゃん、今夜どうする?」 「……帰ります」 「近くまで送るよ。私でいい? リキのほうが安心かな?」 「あの……リキさんが金剛さんのこと……兄貴……って」 「ああ、あの子ね、学生の頃に極道漫画を読んで憧れたらしいんだよ。ここで夢を叶えるとか意味が――」 「やっ……ぱり……どこかの組の……」  うん、誤解された。  本当に普通のホストなんだけど、用心棒をやりたいと言うからやらせている。……やり方ってものは、あると思うが。  当初はふざけてるのか真面目に私を若、と嬉しそうに呼ぶのが楽しくて私もそれっぽい態度で接していたらますます型にはまっていった。若って若頭の……、と女の子たちに怯えられたのでやめさせたが、兄貴呼びは直らなかった。 「いいお天気だね」  わざとらしく盛大に穏やかな話題へ変えると、はあ、とため息をつかれた。 「借金取りより危ないじゃない」 「でも借金取りって、嘘でしょ?」  え、と真知ちゃんの顔がこわばった。 「ストーカーかな?」 「なんで……わかるの」 「借金取りから逃げるのにお高いホストクラブは選ばない。浪費癖があるような派手さは見えないし、真知ちゃんの落ち着きは普通じゃない。とっさに男が入りにくい店を選んだ、違う?」  降参、と両手をあげる。 「最初はいい人だったの。職場を通して知り合って……でも、理想を押しつけてきて、勝手に失望して、嫌がらせをしてきて。わたし、それが仕事に関係ないことなら見逃してきたの。でも」 「支障がでてきた」  こくん、とうつむく。 「会社にしつこく電話してきたり、出てくるのを待って大声でわめいたり。わたし、何もしてないの。付き合ってもいないのよ。でも、困るから会社を辞めてくれないかって上司から。誰も……仲良くしていた同僚もわたしを無視するようになって……誰も助けてくれなくて……。ホストクラブなら、お客になったら親身になってくれるかもって……嘘でもいいの、わたし……もう誰も信じないから」  ぎゅ、と強く自分の両手を掴んでる。 「つらかったね」  はらり、と涙が落ちる。あの頑なさの正体は、人間不信だったのか。 「ありがとう……嘘でも嬉しい」  嘘じゃ、ないんだけどな。  ホストという職業がら、私の言葉は信じてもらえないことのほうが多い。たったひとりで頑張っている女の子は無条件で応援したくなる。いや、そんなんじゃない。助けたいし、守りたいとも思うのに、その気持ちは伝わることがない。  涙をぬぐってあげようとした指が、とまる。薄化粧の眦がまばたきするたびに店の照明に光って、触れてはいけない清らかな宝石のようだった。 「仕事はどうしてるの?」 「辞めてないわ。わたし、負けないもの」  強いまなざしが向けられた。生きることを戦う目だ。だめ、これ……こういうの……本当にだめなんだ、私は。  ぐらりと足元が揺れるような錯覚。私は、こういう揺るぎない信念を持った折れない子が、とても好きだ。 「真知ちゃん、私の彼女になる?」 「……はあ?」  思いっきり、不審な低い声だった。ひどいなあ、ホストの言うことだからって百パー嘘だと思ってる。 「私、頑張ってる子が好きなの。助けてあげたくなっちゃうの。悪い癖だよね」 「金剛さんが彼氏のふりを……してくれるんですか」 「用心棒もつけるよ」 「お支払いは?」 「君の笑顔で」  客を馬鹿にして、と小さな拳をふりあげた。  ああ、これはまた、始まる前に終わる失恋コースだ。わかっているのに、なあ。
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