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(ん?)
いざ帰ろうとして、私は気づく。
モイ子が投げ込んでいた紙の正体は、なんだったんだろう。
私の分を代わりに書いたと言っていた。応募は簡単、とも。
紙が配られた経緯を、記憶からたどる。帰りのホームルーム。みひろくん先生が、来月始まる夏休みの注意事項を話していた。
アルバイトは許可制。じゃあモイ子が出したのは、許可証? 違う。用紙は配られず、個別に取りに来いという話だった。もっと前だ。
期末テストが低調だったこと。
三者面談の日程は調整中。
各部活、大会や応援がんばれ。野球部、初戦は全校で応援に行くからな。
高校野球の県大会開会式での、プラカード持ちを務める女子を募集中……
「ああ、そっか!」
廊下にいた子までもが、大声を出した私を振り返っている。口を両手で咄嗟に塞ぐ。
私はプラカード係に応募したことになっているんだ。
すぐにみひろくん先生を探しに、職員室に行ったけれど、席は空になっていた。卓上にカゴも残っていなかった。バスケ部の担当なので、部員を連れて、校外のトレーニング施設に出かけていったらしい。
もうすぐ夕飯という時間になって、活動が終わったのか、モイ子からスマホにメッセージが届いた。『勝手に使った応募用紙、あれからどうしたの?』
『明日にでも辞退する予定~夏休みはバイトするかもしれないし』
送信する。既読マークが付いて、返事が来る。
『開会式は十五日だから、夏休み前に練習も終わるよ』
えっ、そうなんだ。
『じゃあ少し考えようかな。無理そうだったら早めにやめるね』
素直な気持ちを入力して送る。私は部活に入っていないし、運動もしていないし、係を辞める時にしがらみがないのがなによりの利点だ。
次の日の朝、食卓でトーストをかじりながら、私はママに聞いてみた。
「プラカードと七月からバイト始めるの、どっちがいいと思う?」
フリルのエプロン姿がかわいいママは、子供みたいなまぶしい笑顔になると、
「ママもやる!」
と言い出す。口の中の物を飲み込んでから聞き返した。
「どっちを?」
「もちろんプラカード一択でしょう! 学生時代、募集があったらやりたかったの」
「ママそんなに野球すきだっけ」
「校名掲げて選手の前を歩く係なんて、もう間違いなく青春ど真ん中じゃない。高校生の内しかできないイベントの筆頭よ」
替えがきかないイベントなのか、そうなのかな…… 私は天井へと黒目を向けて考え出した。
「真帆ちゃん、とにかくがんばっておいで! 絶対たのしいから」
そう言ってママはきかず、拳を元気に振り上げるものだから、私はとりあえず『プラカードはたのしいもの』という結論に落ち着いた。
うきうきして破裂しそうだった親の表情を胸に、食器を片付けて、学校へ向かう。
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