●前編 『夏の入口、みつけた』

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(ん?)  いざ帰ろうとして、私は気づく。  モイ子が投げ込んでいた紙の正体は、なんだったんだろう。  私の分を代わりに書いたと言っていた。応募は簡単、とも。  紙が配られた経緯を、記憶からたどる。帰りのホームルーム。みひろくん先生が、来月始まる夏休みの注意事項を話していた。  アルバイトは許可制。じゃあモイ子が出したのは、許可証? 違う。用紙は配られず、個別に取りに来いという話だった。もっと前だ。  期末テストが低調だったこと。  三者面談の日程は調整中。  各部活、大会や応援がんばれ。野球部、初戦は全校で応援に行くからな。  高校野球の県大会開会式での、プラカード持ちを務める女子を募集中…… 「ああ、そっか!」  廊下にいた子までもが、大声を出した私を振り返っている。口を両手で咄嗟に塞ぐ。  私はプラカード係に応募したことになっているんだ。  すぐにみひろくん先生を探しに、職員室に行ったけれど、席は空になっていた。卓上にカゴも残っていなかった。バスケ部の担当なので、部員を連れて、校外のトレーニング施設に出かけていったらしい。  もうすぐ夕飯という時間になって、活動が終わったのか、モイ子からスマホにメッセージが届いた。『勝手に使った応募用紙、あれからどうしたの?』 『明日にでも辞退する予定~夏休みはバイトするかもしれないし』  送信する。既読マークが付いて、返事が来る。 『開会式は十五日だから、夏休み前に練習も終わるよ』  えっ、そうなんだ。 『じゃあ少し考えようかな。無理そうだったら早めにやめるね』  素直な気持ちを入力して送る。私は部活に入っていないし、運動もしていないし、係を辞める時にしがらみがないのがなによりの利点だ。  次の日の朝、食卓でトーストをかじりながら、私はママに聞いてみた。 「プラカードと七月からバイト始めるの、どっちがいいと思う?」  フリルのエプロン姿がかわいいママは、子供みたいなまぶしい笑顔になると、 「ママもやる!」  と言い出す。口の中の物を飲み込んでから聞き返した。 「どっちを?」 「もちろんプラカード一択でしょう! 学生時代、募集があったらやりたかったの」 「ママそんなに野球すきだっけ」 「校名掲げて選手の前を歩く係なんて、もう間違いなく青春ど真ん中じゃない。高校生の内しかできないイベントの筆頭よ」  替えがきかないイベントなのか、そうなのかな…… 私は天井へと黒目を向けて考え出した。 「真帆(まほ)ちゃん、とにかくがんばっておいで! 絶対たのしいから」  そう言ってママはきかず、拳を元気に振り上げるものだから、私はとりあえず『プラカードはたのしいもの』という結論に落ち着いた。  うきうきして破裂しそうだった親の表情を胸に、食器を片付けて、学校へ向かう。
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