●前編 『夏の入口、みつけた』

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 目の前を衝撃的な映像が流れている。  プラカード係としての初めての集まりは、前年度の県大会入場行進の、録画を見るところから始まった。体育館を薄暗くして、下ろしたスクリーンと向かい合い、体育座りの私は固まっている。  「んん? んんんんん? ええええええ……」  まわりを今年の係の子に囲まれているので、引きつった顔を見られないよう、小声になる。  そんなことをしている間にも、四人ずつ隊列を組んだ各校の選手たちは、声を張り上げ球場内を進んでくる。その集団の間を歩く、プラカードを直角に上げた女子たち。 (ママがやりたかったのって、別のなんじゃない?)  見始めたばかりの時、たしか男性アナウンサーが気温二十九度と言っていた。雲も少なく、からりと晴れた夏らしい空。真下をすずしい顔して、誰一人あわてることもなく、プラカード係は横切ってゆく。  ……真夏にショッピングに出かけると、ママは「暑いー疲れたー休むー帰ろー」ばかり繰り返している。のど渇いた、が口ぐせの人にこの係は無理だ。  イチ・ニー・イチ・ニー!  どのチームも足並みが崩れないよう一人が音頭を取っていて、野太い、ひたむきな音声に誠実さがにじんでいた。 『西修(せいしゅう)学院高校ーっ』  吹奏楽の行進曲に乗って、ところどころに刻まれる司会進行役の澄んだ声。県内の放送部の中から、優秀な賞を修めた女子が選ばれているそうだ。 『二十人の選手たち、掛け声も両手足もよく揃っています!』  実況役のテレビアナウンサーの女性も、一校ずつの様子を晴れ晴れと伝えている。 (私もこの中を歩くのか……)  なんとなくの流れでここにいる分、現実味が湧かないというか、緊張も困惑もなくふわふわした心地がしている。
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