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次の日の昼休みは、記入済みの夏休みのアルバイト許可証を持って、体育教官室に向かった。
教官室は教室とは別棟の二階にある。歩いていくと、近くの階段や、下の大玄関に他校の男子が集まってきているようだった。みんな坊主頭やスポーツ刈りで、野球の用具を持っている人もいる。制服もさまざまで、野球部の集会でも開くのだろうか。そういうものが世の中に存在しているのかもよくわからないけれど。
「失礼しまーす」
まわりの男子の話し声に気を取られつつ、私は体育教官室の扉をノックする。
中から返事が聞こえ、正方形のタイルの上に踏み込む。
目当てだった清地先生が、入口から一番近い席に座っていた。無断バイトをしないために、面談と押印をしてもらわなくちゃならない。書き物をしている姿の横に立つ。
清地先生は私が話しかける前に、プラカード係だと気づいたらしく、
「おお。たしかお前、旭栄担当だったな。今日、旭栄のキャプテン来てるぞ」
と笑顔で言った。
「ハイ、わかりました」
特に興味のなかった私は、右手で掴んでいる許可証を、すぐに差し出すつもりでいた。
その時までは。
「失礼します! 体育教官室はこちらですか」
(うえっ?!)
あまりの威勢の良さに、身体が一瞬びくりと強張った。
振り返る暇もなく、声の主の男の人が隣まで進んできた。
しかも驚いたついでに、私が両足を交互に引くと、壁に当たり掲示物から花の飾りが一つ落ちた。
男の人の顔を見上げると、やっぱり髪が短く刈り込んであって、凛々しい瞳が印象的だった。
(誰?)
星越第一にはないネクタイと、襟にラインの入ったワイシャツだ。
一生忘れられない出会いをしている。私は確信していた。
だって目の前の男の人、なぜか花や光をしょって神々しく輝いているんだ。春の花畑を背景に、太くて直線的な眉をわずかに動かして、目を合わせてくる。
きちんと正面を向いて、よろけた私に手を差し伸べている。
「驚かしてすみません。大丈夫?」
落ち着いた、低い声だ。耳にとても心地いい。
私は操り人形のように、気づけば、男の人に右手を差し出していた。指と指が合わさり、相手の厚く、大きな手に力がこもって、私の背中は徐々に起き上がってくる。
美容室のシャンプー台よりずっと楽に、身体が引き寄せられていっている。とろりとした水の中を遊泳している気分だった。互いの目が合ってから、時間が止まっているんじゃないかと思えた。絶対そうに違いなかった。
「おお来たか、芦屋くん」
教官室の中から男の声がした。アシヤくん、と呼ばれた正面の人は、腰を曲げてきれいに一礼する。
「清地先生、お久しぶりです」
歯切れ良く応える姿に、私の胸は大きく震えた。
「ほら朝来。目の前の彼が、旭栄野球部のキャプテンな」
やっと直立姿勢に戻った私へ、清地先生が平然と言った。
(私の担当する、プラカードの)
キャプテン……
ろくに部活動をした経験のない私にとっては、キャプテン、という言葉だけで充分、甘くきらびやかに聞こえる。心臓がよけいに轟いた。
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