●前編 『夏の入口、みつけた』

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●前編 『夏の入口、みつけた』

「じゃあ代わりに書いといたからね。応募はとっても簡単です」  そう言って机越しのモイ子は、私に一瞬だけ用紙を見せると、手早く折って紙飛行機にしていった。  ショートヘアの横に、紙飛行機が構えられる。教室前方の黒板を振り向くと、モイ子は右手を板面に向け、真っすぐに伸ばす。 「あさごまアタック!」  私の呼び名と技名を合体させて。  紙飛行機は行き来する子たちや風にさえぎられることなく、優雅に、教卓のカゴの中にたどり着いた。  私は思わず、わっと声を出し、拍手をしていた。 「ちょっ、いい腕前だねモイ子!」  モイ子は片目をつぶり、得意気になっている。毎日、バレー部で鍛えている運動神経には、さすがと言うしかない。 「私もやってみる」  すっかり興奮した私は、机の中から適当なプリントを出して、一生懸命折った。モイ子がつくった物にも見劣りしない、立派な紙飛行機が一台でき上がる。  機体の先端を整えるのに真剣になっていた私は、細めていた目を開くと、机に右手を着き立ち上がった。 「どーだ、いけっ!」  黒板目がけて、紙飛行機を持った左手を、思い切り振りかぶらせた。  すると、ちょうど同じタイミングで、担任のみひろくん先生が教室に入ってきた。 「なぁ残ってる奴ら、そろそろ戸締り……おわっ」  いきなり白く鋭い物が、蛇行しながら目の前を通ったものだから、先生は思い切り声を裏返らせた。悲鳴にびっくりして、私も肩を揺らしたほどだ。  教卓に不時着した紙飛行機を広げながら、先生の手がそれをカゴの中に寝かせている。 「こら朝来(あさご)、もう少しで人に当たったじゃないか」 「すみません」 「高校生は室内で飛行機遊びなんかしないぞ。小学生男子みたいだな」 「モイ子の真似したんです。投げるのうまくて、私、感激しちゃって。ね」  同意を求めたところで、はたと気づく。一周見回してもモイ子の姿がどこにもない。私が紙を折るのに夢中になっている間に、友達へのあいさつを済ませ、部活に行ったとのことだった。  いない人のせいにしたみたいになり、頬が熱くなる。反射的におへそのあたりに視線を落とした。  「ウワー天然ちゃん、カッワイイー!」  そばにいた男子から囃されて、ますます肩身が狭くなる。 「まったく朝来は、しょうがねーんだからな」  気ィつけろよ。苦笑したみひろくん先生は、それ以上の御咎めもなく、残っていた学級委員に施錠するよう伝えた。そのままカゴを持って、廊下へと消えてゆく。プラスティックの網目を隔て、折り目の付いた紙が、無造作に揺れている。 (よかったよ~怒られなくて)  私は胸に左手を置き、思う存分息を吐き出した。  まわりの子たちの、下校の準備を進める気配が、加速してゆく。
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